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第292話 接触

さて、どうやって話し掛けようか?と笑瑠が思っていると、男がカップに残っていたコーヒーを飲み干してしまった。 このままだとお別れになってしまう。 「あっ、あのっ!!」 男が立ち去る前にと、慌てて笑瑠が掛けた声は、らしくなく裏返ってしまった。 恥ずかしい!と顔を赤くしながらも男を見る。 端と端とはいえ同じベンチに座っているのだ。 相手は直ぐ側だ。 近くで見ても相手、九条の顔は整っていた。 「えっと~そのっ。もしかして、モデルとかされてるんですか?!あ…突然ごめんなさい」 勢いよく言い過ぎたせいかどうか、漸く九条が視線を向けてきた。 これはチャンスと、すかさず話を続けた。 「あのっ、私も読者モデルしてるんです。でも撮影で一緒になる男の子と違って歳上の人との撮影ってないので…つい声を~」 緊張が尋常じゃなくまたしても早口になってしまった。 最後は何とかいつもの調子で、計算された上目遣いをしてみる。 「そうか。だが俺はモデルじゃない」 上目遣いが効を奏したのか、九条が口を開いた。 その魅惑的な声で返事をされて、笑瑠は頬を紅潮させて目を潤ませた。 「えっ?!そうなんですか?とっても素敵なのでモデルでもされてるのかと思って…。実はあなたの事、見てたんです。ごめんなさい」 返事を貰えただけで有頂天になった笑瑠は、しおらしい様子で九条を見つめた。 「いや。俺もお前を見てたからな」 「えっ?!」 予想外のその言葉に、笑瑠は期待に表情をパッと明るく弾けさせた。

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