294 / 1012
第293話 毒
九条が自分を見ていてくれた事実に嬉しくて、この事を今すぐ皆に自慢したい気分になる。
いつから見ていてくれたのだろうか?
視線は合わなかったし、見ている感じもなかった。
もしかして気にはなっていたけれど、自分に彼氏が居るのを気にして…?
だから、こっそりと視線を送っていたのかもしれない。
「だが、モデルをしているとは思わなかったな…名前は?」
「そうですか?笑瑠って言います!結構雑誌に出る様になったんですけど~、私もまだまだですね」
エヘッと笑瑠は笑って見せる。
「…まだまだ?フンッ、笑わせるな。お前の何処を見てモデルと分かる。パリコレモデルに会った事はあるか?モデルとは本来あれを指す」
九条が口の端で笑う。
その表情は先程までの無表情とは違うが、どう見ても好意を寄せる女に話し掛ける男のものではない。
「モデルは自ら言わずともオーラで語るものだ。自分で言ってるうちは三流だが、お前はそれ以下だ」
笑瑠は言われている意味が分からず、唖然とする。
九条は心底バカにした口調と表情で饒舌に語る。
「ん…いや、お前にも際立つオーラがあるな」
「…え」
「分からない様なら教えてやろう、感謝しろ。お前のそれは腹黒さだ…そうだろう?」
九条は目をうっすらと細めた。
「その色はヤクザも真っ青だ。フッ…そこだけは誉めてやろう」
「ひ、…酷いっ!!」
あまりの言われように、笑瑠の顔から笑顔は消えて傷ついた顔になる。
本気で素敵だと思い初めてアプローチした相手からまさかの言葉を浴びせられる。
そして初めて相手にフラれるショックに涙が溢れてくる。
九条の顔から表情がスッと消えた。
「お前の涙に価値は無い。泣くな見苦しい」
そして酷薄な顔で笑瑠を見つめる。
無表情で続ける九条の瞳には光はない。
何を思って何を考えているのか一切分からない。
この男に逆らうなと本能が伝えてくる。
今まで1度も経験したことのない恐怖心が笑瑠の全身を支配していく。
けれど恐ろしいのは、それでも九条から視線を外せないことだ。
その辛辣な言葉に傷つけられ、射殺されそうに睨まれても…それでも、その美貌に囚われて脳も心も全てが離せない。
笑瑠は、自然と溢れ出た涙をそのままに九条を見つめる。
このどうにもならない気持ちに、死にたいくらいに泣き叫びたい。
「これ以上その汚い目で見るな。俺も…そしてアイツの事もな」
そう言うと女を蔑んだ目で見ながら、九条は立ち上がった。
ともだちにシェアしよう!