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そんな男はレジにトレーとジュースを置くと、財布を取り出す。
男の財布もブランドだった。
やはり高級住宅地に住むだけある。
ちょっと男の色気にやられていた娘に代わり、正気を取り戻した妻がレジをしていく。
「1,560円になります~」
やはり妻も緊張しているらしく、いつもより声のトーンが高かった。
すると男がカードを差し出した。
それもキラキラと輝く漆黒のカードだ。
「「「!!!!!!」」」」
レジのふたりだけでなく、レジ待ちやパンを選びながら男をうっとり見ていた女性陣が全員目を見開いた。
ここに居るお金持ちの女性ならば直ぐに分かるだろう。
そのカードはそんじょそこらで発行されるブラックカードではない。
入手方法は謎で、噂によると特定の厳しい審査をクリアしなければ発行されないらしい。
年会費も高額で、ある一定の金額利用が当たり前に行われる人物。
尚且つクレジットカード会社側から認められ、且つ特別な招待を受けて初めて発行されるという…。
しかも、このカードはただの支払いカードではない。
常にホテルのコンシェルジュが側に居るかのようなサービスや特典が当たり前の様に受けられる、一般人には想像もつかない、まずお目に掛かる機会のない特別なカードなのである。
そう。
金に余裕がある真の億万長者でなければ持てない物なのだ!!
イケメン、高身長、ブランド品、最高峰のブラックカード…文句無しだ。
ただひとつ、申し訳ない。
ここは昔からある普通のパン屋なのだ。
カード対応しておりません。
すみません。
「も、申し訳ございません~カード対応しておりません!本当に申し訳ありません!!」
と、妻が畏まりまくって娘と何度も頭を下げている。
そんな姿、初めて見たよ…。と店主は思った。
「そうか。悪かったな…」
「いえいえいえ、めっそーもございません!」
男は無駄に美声で謝罪すると、財布から万札を1枚出した。
それからおつりを受け取るとレジ横にある募金箱に札を全部突っ込むと、パンの袋を受け取り颯爽と帰って行った。
店内の女性陣が全員でお見送り。
後には爽やかな香りと、女性達の心を奪って…。
もう来ないで欲しい…と店主と弟子は異空間と化した店内を見つめながら思った。
・・・・・
帰宅した九条はキッチンへ向かい、買ってきたパンの袋を置くと、ジュースのパックを冷蔵庫へと入れた。
「…」
それから寝室へと視線を向け、微かに頬を緩めるのだった。
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