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(雲パン…。せっかくここまで来たのに)
他の人が何人か帰ってしまったが、九条を思えば手ぶらで帰れず。
他のパンも美味しい事にかわりなく。
順番が巡って来た祐羽がカウンター上にあるオシャレなパンのお品書きを見ると、やはり雲パンのところには売り切れの表示がされていた。
「雲パン…」と思わず悲しみの声でポロリと溢せば、店員に「申し訳ありません」と言われてしまう。
「限定なので販売数終了してしまって」
さっきそれは聞いたので知ってはいるが、やはり目的のパンが無いのは辛い。
「今残っているのはこちらだけになるんです」
示したのは、この専門店が一躍有名になった看板商品である極上絹パンだ。
どうやら雲パンが幻のパンという噂は伊達ではないらしかった。
前は夕方でも買えたのに、有名になるというのはこういう事かと祐羽は残念な気持ちを隠せず眉を垂らした。
すると店員のお姉さんもつられて眉を垂らした。
「えっと…じゃあ極上絹パン、ひとつください」
「ありがとうございます。千円五百円になります」
「!?」
(せっ、せんごひゃくえん?!)
食パンに千円を出す経験の無い祐羽は衝撃を受け一瞬時間が止まったが、慌てて財布を取り出すと、がま口をパチンと開いた。
(…おこづかいが)
本来なら雲パン八百円で買えるはずが、予想外の出費。
それを祐羽は会計用のトレーにゆっくりと出した。
「ありがとうございました。今度は雲のようなパンをぜひ」
「はい。ありがとうございました」
こうして祐羽は食パン専門店を出た。
ショボッとしながら財布を鞄に入れると、並んでいる客の横を元気なく地面を見つめながらトボトボと歩く。
(これが、雲のようなパンだったら良かったなぁ)
手にしているこのパンに罪は無いのは分かっているが、どうしても雲のようなパンを買いたかったのだ。
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