祐羽は、身を縮め息を殺して様子を窺う。 絶対に声を出したらダメだ。 そう思い、目だけを必死に動かすが、殆んど様子は分からない。 自分の上にいる男が唖然として、ドアの方を見ている。 「こんばんは、竹中組長。後藤組の代替りの席以来ですね」 組長⁉ そのワードに祐羽は耳を疑った。 自分はとんでもない場所で、とんでもない人物に関わっている事実。 その事実に、血の気が引くかの様に感じる。 この男はヤクザの組長で、今さっき入ってきて話をしている男もヤクザ関係者らしい。 しかも、どうやら仲は良くないらしいことが会話の中から読み取れる。 助けて貰えるかも知れないと頭の隅で思ったが、すぐに不可能だと希望が潰えてしまう。 「な、なんの様だ‼いきなり人の事務所へ押し掛けてきて、礼儀がなってないじゃねぇか…ッ‼」 竹中がドスを効かせて声を荒らげるが、その表情は冴えない。 さっきまで横柄に部下に指示を出し、祐羽を組み敷き力で捩じ伏せて性的な事を仕掛けてきた男と同一人物とは思えなかった。 それだけ今の状況は良くないのだろう。 「…ｺﾞｸｯ」 息を詰めている祐羽は、静かに唾液を呑んだ。 この音さえも相手に聞こえてしまうのではないかと思ったからだ。 今、目の前で繰り広げられるヤクザ同士のやり取りは、祐羽が観たことのあるドラマのヤクザとは迫力が違う。 緊張感が半端なく、祐羽を襲う。 テレビ越しではフィクションだと分かっているし、自分が実際に経験していないから余裕で観ていた。。 それが今はこうして、テレビドラマの主人公になったかのように本当の危機を感じていた。 もう、どうして僕ばっかりこんな事になっちゃうの⁉ お父さん、お母さん ‼ 助けてよーッ‼ 涙を浮かべながら祐羽は両親に助けを内心求めていた。 無駄とは分かっていても、求めずにはいられなかったのだ。 祐羽は昨年まで中学生として生きてきて、まだまだ子どもだった。 「…何でお前が」 「うちの九条がどうしても竹中組長に直々にお話したいことがあるということで、こうしてお邪魔させて頂きました。突然の訪問となり申し訳ありません」 内容からして、どうやら今話しているのは相手側の組長ではないようだ。 低い男の声でそう聞こえたが、到底謝罪の気持ちは無さそうだった。 「あ、あ、…っ」 カツ、カツ、カツ…という足音と共に、誰かがこちらへと向かって歩いてきたのが分かった。 側に近づく度に、竹中が震える口から意味の無い音を溢す。 ドカッという音で、誰かが祐羽より斜め上に位置するソファへと腰を降ろしたのが分かった。 「………ﾌｳｯ」 それから知らない誰かの溜め息がひとつ。 その溜め息にビクッと反応した竹中が明らかに怯えているのが伝わってくる。 それだけ相手のヤクザはよくない相手ということだ。 この竹中の様な男か、それとも任侠映画に出ている様なタイプなのか？ そのどちらでも祐羽には関係なかった。 とにかく、この絶望的なこの場所から早く抜け出せればそれで良かった。 けれど竹中同様、祐羽は体を縛られたかの様に微動だにも出来ないほどに緊張感から固まっていた。