祐羽が驚きに息を止める。 先程まで自分の顎を掴んでいた強面の男が、一瞬で視界から消えたかと思うと側の床で仰向けに倒れている。 その男は痛みに呻き声を漏らしていた。 とても痛そうに顔を歪めていて、祐羽はまともにそちらを見ることが出来なかった。 視線をチラリとソファの男へと戻す。 座っている男の脚が宙に浮いた状態から、ゆっくりと床へと戻される。 「⁉」 祐羽は、まさかと目を疑った。 男がソファに座った状態から部下を蹴り飛ばしたのだから、驚くなというのが無理というものだ。 驚きに固まっている祐羽が視界に入っているのか、いないのか。 男は無表情に踞る部下を見下ろしている。 どうしよう…と戸惑う祐羽だったが、男が再び脚を上げたのを見て思わず無意識に体が動いていた。 痛みに呻き動けない状態の部下の男をまた蹴るのだと思うと、基本的に暴力やそういった類いに抵抗のある祐羽には見ているだけというのは到底耐えられなかった。 「だ、ダメ…ッ」 ドガッ 「ッ ‼ 」 男の振り上げた脚が見事に脇腹近くに入り込んで、華奢な祐羽は文字どおり吹っ飛んだ。 衝撃で声も出ず、床へと防御も取れずに叩きつけられる。 強面の男が悶絶するのだから、祐羽等ひとたまりもない。 祐羽は呼吸もまともに出来ないまま、ゆっくりと意識を手放していった。 携帯が無い。 そうだよ、 携帯を探さなきゃ‼ 携帯を…あれ？ここ、何処だろう？ 祐羽が無くなった携帯を探し歩いて辿り着いた先は、薄暗いビル。 頭の中では入ってはいけないと言われても、体は無意識に動いてしまう。 階段を上って見覚えのあるドアを開けると、もう一人の自分が（ドアを開けたらダメ‼）と後ろから手を引くけれど、時すでに遅し。 またあの男に体を撫で回されるのだ。 けれど不思議な事に、覚悟したあの感覚は訪れない。 それから急に辺りは一面真っ白い世界が広がり、それと同時に祐羽の意識が浮上していくのが分かった。 「…」 ぼんやりとした視界を不思議に思いながら、何度か瞬きを繰り返す。 すると次第に祐羽は、色々な事を思い出してくる。 「目が覚めましたか？」 聞き覚えのある男の声がして、祐羽はそちらへと顔を向ける。 するとそこには、先程のヤクザ関係者のうちのひとり、あの男を組長と呼んでいた眼鏡をかけた男が居た。 「…ここは？」 不思議そうに問い掛ける祐羽に、男が何処か安堵の表情を見せた。 この男は、仕事の出来るエリートといった雰囲気を持っている。 けれどヤクザというだけあって、堅気の人間ではないものを何処か感じさせる。 「安心して下さい。ここは、私たちの知り合いの病院ですから」 「えっ ⁉病院 ⁉…いっ⁉」 まさか自分が病院に居るだなんて思いもよらず、祐羽は驚きに声を上げてしまう。 その瞬間に力が入ったせいか、脇腹に痛みが走る。 祐羽が悶絶する様子を見て、男が口を開く。 「無理をしない方がいい。いくら寸前で力の加減をして下さったといっても、あの方の力は常人より優れてますからね」 あれで力の加減をしてくれて、それで今この痛み。 あの男の本当の力はどれほどのものだろうか。 一瞬、祐羽は無意識に怖さからか、体をブルッと震わせた。 自分はとんでもない男を相手に体を張ったのだから、思い出すと恐ろしい。 こうして無事にベッドで横になっていること自体、奇跡なのかもしれなかった。