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病院

祐羽は自分を落ち着けるように、ゆっくりと息を吸って吐いた。 ここは病院といわれたが、白い天井に無機質なカーテンや壁紙、蛍光灯がそれを知らせる。 「安心して貰って結構です。こちらの費用は私どもで持ちますので」 男は祐羽に特別、関心がないようだ。 話す口調がそう物語っていた。 「費用の事は、口止めとして受け取って貰いたい。この度の事務所でありましたことは、口外しないようにお願いします」 男はそれだけ言うと時計を確認する。 「では、私はもう行きますので。後の詳しい事は部下に任せておりますから…では」 男はそのまま踵を返して病室のドアを潜り抜け、お供の男二人を従えて出ていった。 代わりにその辺を歩いていてもおかしくない、普通の男がひとり、ひょっこり入ってくる。 明らかに日陰の道を歩いています、といった風情の男とは異なる。 といっても普通よりは目立つ感じの若い男で、茶色に染めた髪の毛が似合っている。 服装もスーツではなく、若い男の子が着ていそうな普通の服だ。 「どぅも~」 男が軽い口調と共に、ベッドサイドへとやって来た。 祐羽は見ず知らずのその男に、遠慮がちに視線を向ける。 「説明するな~。昨日お前はうちの社長の蹴りをマトモに喰って…まぁ、手加減して貰ってたから大丈夫だろ?んでもって打撲~全治1週間だとさ」 急に喋ったかと思うとペラペラと一気に話出す。 「で、昨日は意識なくしたから慌てて病院連れてきたんだけど…で、そのまま眠り続けて朝になったワケ」 「ええっ ⁉ 朝 ⁉」 確かに窓の外は明るい。 まさの無断外泊になってしまった。 帰らない自分に、両親は心配しているだろう。 探しているか、まさか捜索願いを出したりしてないだろうか? 電話をしなくちゃ‼ と慌てた祐羽は、男に訴えた。 「で、でで、電話を…‼」 それで言いたい事が分かったのだろう。 男は唇の端を上げた。 「お前の家なら大丈夫だ。俺が電話入れといた」 「で、電話?」 携帯は行方不明。 鞄の中にも特に電話番号や住所を示した物は一切入っていない。 どうやって知りもしない家へと連絡したというのだろうか? 疑問に首を内心傾げた祐羽に、男が丁寧に説明をしてくれる。 「あ?そうそう。昨日の夜ね~学生証見たから~。学校名と名前から探せばカンタン、カンタン♪」 さも何でもないように言われて、個人情報取得のお手軽さに目眩を感じそうになる。 見た目は一般人でも、相手はやはりヤクザなのだと確信する。 「お前の母親が出たから、体調崩して近くの先輩の家に泊まる事になった~って話しといたから」 「えっ⁉ せ、先輩?」 「そう。あっ、俺、俺。俺が臨時の先輩ね~」 ふざけているのか、自分を示しながら笑っている。 「ここ、あと三時間で退院になるから。それまでゆっくり療養しときなよ。眞山さんが言ってたけど、お金は心配しなくて大丈夫だから」 どうやら、最初に居た男は眞山と言うらしい。 「それじゃ、俺ももう行くから」 それだけ言うと男は手をヒラヒラさせながら笑った。 「あ、はぁ…ありがとう、ござい、ました…?」 助けてもらったので、一応お礼を言う。 だけど、そもそも原因は向こうだし…と疑問に思いつつ口にした。 すると、ドアを潜り抜けようとして男が止まる。 「あ~言い忘れ。今回のことは絶対に喋るなよ?お前の為、家族の為にはならない。あと、もうあんな場所に行くなよ?じゃぁな‼」 言葉の最後は、ドアの閉まる音に消される形で残った。 「だっ、誰にも喋らないし‼ あと、あんな所二度と絶対に行かないよ…っ!……はぁっ」 誰も居ない静かな病室で、祐羽は掠れた小さな声で叫んだ。 そして、思わず溜め息が零れた。

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