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帰宅

気を失って目覚めたら病室で、しかも朝になっていた。 しかも、ご丁寧に家に電話連絡まで入れてくれているという至れり尽くせりな状況だった。 けれどよくよく考えてみれば、その方が男たちヤクザには都合が良かったのだろう。 今は暴対法で厳しい世の中だ。 下手に荒立てて騒ぎ立てられれば困るのは彼等なのだから、納得の理由だろう。 祐羽は多少だが疼く脇腹を抱えて、昼前に病院を退院した。 まさか部の打ち上げの後に、祐羽がヤクザに絡まれて、入院までしているとは誰も思いもしないだろう。 「…帰ろ」 病院を出た所で、祐羽は呟いて家へと向かった。 大きな病院を出て直ぐの所に丁度、地図看板が設置してあったので場所を確認する。 すると、祐羽が彷徨った街と同じ所だと判明した。 祐羽がフラフラしていた場所とは、反対側になるらしい。 駅の場所が比較的近くに示されていたので、のんびりと歩き出す。 急ぐ必要もない。 それと、やはり脇腹が若干痛んだ。 医師は時間と共に直ぐに治ると言って、湿布を処方してくれたので、有り難く鞄へと入れている。 青い空が気持ちいい。 休日ということもあってか、只でさえ人が多いのだが、街中はさらに人で溢れていた。 ぼんやりと眺めながら歩く。 昨日の出来事が嘘の様に思えてくる。 きっと話しても誰も信じてくれない。 そんな出来事が自分に降りかかってくるなんて、今でも夢だったのでは?と思ってしまう。 けれど、脇腹に痛みを感じる度に現実にあったことなのだと、祐羽に知らせるのだった。 漸く重い体を引き摺って自宅へと辿り着く。 そんな祐羽を両親は、普段と変わりなく迎え入れた。 「おかえり、ゆうくん。体は大丈夫なの?」 心配する母・香織の顔を見て、一瞬ことばに詰まってしまったが、なんとか頷く。 「えっ、あ、…うん‼ もう大丈夫」 祐羽が何ともないと笑いかけると、香織は心底ホッとした顔を見せた。 「ならいいけど…。無理だけはしないのよ?」 「うん。気をつけるよ」 母の心配してくれる様子に、祐羽は申し訳なく思った。 「祐羽、お腹は空いてないか? もし疲れてるなら少し寝るか?」 父親・亮介も祐羽には、とことん甘かった。 女の子が欲しいという思いから、妊娠前から名前の候補を上げ『祐』を入れて考えていた。 『羽』の漢字を使いたいという香織の意見も取り入れて、妊娠初期の段階で既に『祐羽』と名付けて、香織の膨らんだ腹へと声を掛けていたのだ。 それが、検査で男の子だと分かった時も愛着が沸いてしまっていた名前を手放せず、そのまま祐羽を貫き通した。 祐羽が生まれた時には、それはそれは五月蝿いほどに喜んだ。 名は体を現すという様に、祐羽は女の子に見えたり、世の中が騒ぎ立てる様な羽の生えた天界の美少年では無いまでも優しく可愛らしく育ってくれたので、亮介は内心とても喜んでいた。 そんな目に入れても痛くない、最愛の息子。 その息子が外泊したという事実に、実は密かにショックを受けていた。 たとえそれが、体調不良、先輩の家とはいえ許せなかった位だ。 けれど、なんとか無事に帰宅してくれて安堵の表情を浮かべる。 「あ~、うん。シャワー浴びたい」 亮介に訊かれて、祐羽は昨夜とんでもない体になっていた事を思い出す。 あの体を触りまくられた感触が鮮明に甦ってきた。 冗談ではない。 早く洗い流して綺麗にしたい。 そんな欲求に逆らえるはずもなく、祐羽は自室へ荷物を置くと、急いで浴室へと向かった。 そんないつもと違う様子の息子が、益々心配な亮介だったが、当の祐羽は知るよしもなかった。

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