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一度あれば二度ある
店内に客は数人居たが、やはり男の雰囲気は独特だった。
その緊張を絶ち切るかのように、祐羽は心の中で拳を握った。
それから重い足をテーブルに座る相手へと近づけて行った。
「あ…あ、あのっ」
言葉を詰まらせながらも祐羽が声を掛けると、相手の男が訝しげに顔を上げた。
「…預り所の方ですか?」
祐羽がそう切り出すと、細長の神経質そうな男は瞬間眉間の皺を消した。
「あぁっ‼ はい、そうです。森田と申します…君が電話の月ヶ瀬くん?」
祐羽が頷いて肯定すると、森田が自分の前の席を勧める。
迷いながらも座ると、森田が書類を出してきた。
「え~っと、これ。書類なんだけど、書いて貰えるかな?」
唐突に言われて祐羽は首を傾げる。
「え、何の書類ですか?」
ここには落としたスマホを受け取りに来ただけで、言われた通りのお金も持ってきていた。
払って返して貰って、おしまいでは無かったのだろうか?
「君が私たちの会社に支払ったことを証明するものだよ。後から払った、払ってないとなると困るからね」
と、何処かで聞いたことのある台詞だ。
これって、昨日の夜と同じパターンだと思いついつい疑ってしまう。
「あのー…僕、スマホを返して貰えればいいんで、書類は…」
「あぁ、そうなんだね。これは会社の規則だから、書類を記入して貰えなければ返却出来ないんだ。申し訳ないね」
書類記入を拒否しようとすると、それよりも先に森田が書類と祐羽の書類をテーブルから自分の鞄へと片付けてしまった。
それから立ち上がると「では、失礼します」と、怒った様子で背中を向けてしまった。
素早く伝票をレジに持っていってしまう。
我に返った祐羽は、慌てて立ち上り森田を追った。
「あ、あのっ…えっと、ま、待って下さい‼」
森田は店を出ると、そんな祐羽を無視して歩いて行ってしまう。
このままだと大切な携帯を返して貰えない。
祐羽は小走りに森田へと近寄った。
「あ、わ、分かりました‼ 書類を書きますから…‼」
祐羽がすがり付くようにそう言うと、森田がピタリと足を止めた。
そして傍らでハァハァと息を上げている祐羽を見下ろすと、ニコリと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「そう言って貰えて良かったよ。私もお客様へ返すのが本望。よし、じゃぁ書類書いて貰うからこっちへ来て‼」
森田はそう言うと、祐羽の細い手首を握ると力任せに引摺り始めた。
「痛、痛い…っ」
祐羽は必死に足を動かして着いていくしか無かった。
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