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受け取り場所
指定された受け取り場所は、預かり所ではなかった。
何故かと疑問に思った祐羽の気持ちが電話越しに伝わったらしい。
休日は会社も閉まっているが、緊急性の高い落とし物に関しては近場まで届けてくれるという。
なんて親切な会社なんだと、祐羽はその矛盾に気づかない。
こうして指定された街角にある、一軒のレトロな雰囲気の喫茶店に入った。
カランッと、来店を告げる鐘の音がする。
店内はジャズが流れていた。
「いらっしゃいませ~。お好きな所へどうぞ~」
少しヤル気の無さそうな…それは語弊があるだろうか。
ユルい感じの男性店員に促されて、祐羽は店内を見回した。
店内は半分ほど埋まっており、男性客が大方を占めていた。
そんな中で、窓際を避けた一番奥のソファに眼鏡をかけたスーツ姿の男がひとり座っている。
テーブルには見覚えのある淡いグリーンのスマホが置いてあった。
電話で指定された場所と、分かるようにとスマホが置いてあるので、間違いないだろう。
預かり所の社員の男は、祐羽に気づく事なく自分のスマホを操作している。
少し近づきにくい雰囲気の男に、祐羽は足を止めていた。
九条を乗せた車は取引相手との予定に向けて、速度を上げて走り続けていた。
辺りはすっかり陽も傾き、街中をネオンが彩り始めていた。
九条は目を閉じて微動だにしない。
多忙な男にとって、移動のこの時も貴重な安息の時間となっていた。
運転手の男は車では、必要最低の事を葉山としか話さない。
そして眞山もできる限り九条の精神的負担を減らすべく、無言で前を見据えていた。
かといって、寝ている訳ではない。
この先の予定や裏の仕事の手配やその他諸々、考えうる全てを頭の中でフル稼働させていた。
それは九条も同じだろう。
それを知っている眞山だからこそ、余計に九条に負担をかけないよう駆け回るのだ。
ブーブーブー
「中瀬か」
メールに気づき確認して、内容を確認する。
中瀬の名前を出すと、背後から視線を感じた。
九条の視線を感じるのは、眞山だからこその能力なのだが…。
普段、九条は眞山に掛かる電話になど頓着しない。
それが今、気にしているのが分かる。
『逐一報告を頼む』
短いそれだけを返信する。
眞山は、何か目に見えないものを感じていた。
今朝別れ、何故か九条が気にかけた少年。
我らがカリスマ、九条の為にも少しも落ちの無いよう一応、後で中瀬にその後を調べておくよう指示を出す予定が早まった。
その九条の琴線に触れた月ヶ瀬祐羽が、今同じ街に存在し、中瀬が偶然見かけたという。
普段なら意識を失った一般人など放置しておくものだが、今回は例外だった。
スマホをスーツの内ポケットに仕舞いながら、眞山はルームミラーをチラッと見た。
九条は視線を窓の外へ向けていた。
何を思っているのかは、分からなかった。
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