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サイン

契約書に目を通していないし、元からサインをする気など更々なかった。 けれど、恐ろしい文句を並べられ脅されてしまえば従う他ない。 祐羽は、項垂れながら契約書にサインをした。 その間森田は手の平を重ねたままで、その気色の悪さに余計と気分が悪くなっていった。 「よぉーっし‼ お利口だね、月ヶ瀬くんは‼ 」 カラカラと笑いながらサインをさせた契約書を森田は掲げた。 嬉しくて仕方ないという笑顔が浮かんでいる。 「津野さん、これ契約書‼ 」 津野と呼ばれた体格のいい男が、契約書を受け取った。 「森田。さすがだなぁ」 「いえいえ~、こんなの簡単すぎて」 褒められて森田は得意気にしている。 顔には、底意地の悪さを示すような笑みを張りつけていた。 実際、森田はこの会社では一番の稼ぎをあげている。 その為、上役からも目を掛けられていた。 「さぁってと、月ヶ瀬くん。君にはこれから契約書に基づいてやって貰う事があるんだよね~」 一般人は祐羽しか存在しない空間は静かで、森田の声だけが妙に響いて聞こえる。 「これ、見てみて~」 サインの確認を終えた男から再び契約書を受け取った森田は、祐羽に見えるように紙を示した。 「簡単に言うと~俺たちの会社が提示した仕事の内容に従いますっ、不利益になる事はしませんって書いてあるわけ~」 高校生の祐羽でも契約書に書かれている内容は、読める漢字で構成されていた。 こうして改めて目を通すと、小難しい書き方をされていても森田の言うことは当たっていた。 「つまり~」 「…うっ⁉」 ガシッと肩に腕を回される。 祐羽はその力の強さに、思わず声を漏らした。 「これから一生、君は俺たちに逆らえないってワケ」 森田が今までで一番悪どい笑顔を湛えて、祐羽の耳にそう囁いた。

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