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第4話
堀井の言葉に、佑は目を逸らしたままうなずいた。
そっと、ついばむように唇に触れると、まだ緊張していた佑も安心したのか体から力が抜けた。優しいキスを繰り返し、徐々に深く、そして舌を差し入れた。
佑の吐息が甘く変わる。
また佑の手が抵抗してきたところで、堀井は唇を離し佑の顔を見た。
「その顔が見たかった」
「え?」
「うるんだ瞳、紅潮したほお。可愛くて、色っぽくて、綺麗だ」
堀井がそう言うと、佑は顔を横に向け片腕で顔を隠した。
「佑、隠さないで」
「ヤダ」
堀井は佑の耳に口を近づけ、
「会いたかった」
そうささやき、舌を差し入れた。
「あ…ッ」
声とともに、佑が堀井の舌から逃れるようにまた上を向いた。
「佑、手をどけて。顔見せて。そうしないと」
堀井は一旦言葉を切る。
「犯すよ」
佑の体がピクリと動き、ゆっくりと腕をおろす。
「脅すのか?」
佑の瞳がわずかに揺れている。恥ずかしさか、それとも不安からか…。
その揺れる瞳さえ愛しいと思った。
堀井はそんな佑のほおに手を当てた。
「佑に会いたかった。佑の顔が見たかった。佑とキスしたかった。佑に触れたかった」
堀井は佑を見つめて、低くささやくようにそう言った。
「佑は?」
佑は少し戸惑ったような表情をしながらも、
「…俺…も」
と小さく答えた。
「良かった」
堀井はそう言ってほほ笑むと、触れるだけのキスをした。
佑の腕が堀井の首に回された。
「……真…澄」
佑が遠慮がちに堀井の名前を呼ぶ。
「ん?」
「おやすみって言って」
真澄は佑の耳元に、
「おやすみ、佑」
とささやいた。
「……うん」
明けて、一月一日───
祐一は和服姿であらわれ、真澄にもお年玉を差し出した。
「いや、自分は…」
断ろうとした真澄に、
「必要のない物だろうことは承知だ。だが、気持ちとして受け取ってくれないか?」
と言った。
「それから佑、こちらはお世話になる家のご主人に渡しなさい」
祐一は封筒を一通、佑に向かって差し出した。
それの中身が現金だと悟った真澄が、
「お気遣いは…」
と言いかけると、祐一はそれを片手を上げて制した。
「息子が何日もお世話になるのだから、本来であれば私がうかがってご挨拶申し上げなければならないところだ。しかし、そこまでしては先方にはかえってご迷惑かもしれない。だからこれも、親としての気持ちだ」
祐一の言葉に、隣にすわる佑が驚いたような表情で自分の父親を見た。
真澄は祐一の目を見つめ、
「有り難く、ちょうだい致します」
と言って頭を下げた。
「佑のことをよろしく頼む」
真澄は顔を上げ、もう一度祐一の目を見て、
「はい」
と答えた。
おせちとお雑煮をいただき、真澄は佑と共に中野の家を出た。
門のところまで見送りに出てくれた多恵子がため息をついた。
「多恵子さん?」
佑が問うと、
「お食事の作りがいがあって楽しかったんですけど…」
と力ない声で言う。
「また旦那さま お一人分だけなんですね」
「わっ…」
多恵子は答えに窮していた様子の佑の手を突然にぎりしめると、
「いつでもお帰りになってくださいね!真澄さんもご一緒に」
と言った。
佑は多恵子の手をにぎり返し、
「父さんのこと、よろしくお願いします」
と頭を下げた。佑が顔を上げると、多恵子はどこか切なげにも見える笑みを浮かべ、
「佑さん、今、とてもいいお顔なさってます」
と言った。それから真澄のほうに向き直り、
「佑さんを、よろしくお願いします」
と頭を下げた。
「…多恵子さん」
佑はそれ以上言葉が出てこないといった表情で、彼女の手をただにぎりしめていた。
街も駅も移動の電車の中も華やいでいた。
和服姿の人たちも多く見かけられた。
田上の家に向かう前に、佑と真澄はあるところに立ち寄った。
「こんにちは」
「佑」
部屋に入って声をかけると、窓際のベッドの上に起き上がって、横のイスにすわっている人物と話をしていた女性が振り向いて笑顔を見せた。
「明けましておめでとうございます」
それぞれお決まりの挨拶をかわす。
冴子の入院している病院の一室だった。横のイスにすわっていたのは、冴子の今の夫である島岡だ。
先月、交通事故に合い、意識不明の重体でこの病院に緊急搬送された冴子だったが、今は一般の四人部屋にいた。
「談話室に行きましょうか」
冴子はそう言ってベッドをおり、自らが先に立って病棟のすみにある談話室へと自らの足で歩いた。
談話室はいくつかのテーブルとイス、ソファやテレビ、本棚が置いてあった。
「えっ…と、あなたは確か佑と寮で同室の…」
四人で窓際のテーブルについたところで、冴子は真澄を見てそう口を開いた。
「はい、堀井と申します」
真澄が冴子に軽く頭を下げる。
「私がここに運ばれた時も、佑と一緒に来てくれたって聞いたわ」
冴子は隣にすわる島岡をチラリと見て、そう言った。
「はい。あの日は中野は前日 熱を出していて、体調が心配だったので…」
真澄は横の佑をうかがうようにしながらそう答えた。その真澄と一瞬視線を交えて、佑がほほ笑んだのを冴子は見た。
「あの時はお世話になりました」
佑が島岡に向かって頭を下げる。
「いやいや、佑くんは冴子を心配して来てくれたんだし、正直、僕も君が一緒にいてくれて心強かったよ」
島岡の言葉に佑はまたほほ笑んだ。
「お正月明けに退院だって?」
「ええ。本当は去年のうちに退院のはずが、退院前に検査があれこれあって、年末はその検査も立て込んでるみたいで入れられなかったのよ。もうこんなに元気なんだから先に帰してほしかったわ」
佑の問いに冴子は不満をもらした。
「病院ってそういうとこだよね」
佑は苦笑しながらそう言った。
「でも、良かった。退院おめでとう」
「ありがとう。心配かけてごめんね」
冴子の言葉に佑は首を横に振る。
「これからお友だちの家に行くのね?」
冴子は佑がイスの横に置いたキャリーケースを見てそう言った。
「うん。田上って言って、堀井の従兄弟なんだ。田上も寮生で、休み明けは田上んちから学校に戻る」
「そう」
冴子は楽しそうに話す佑を少し意外な、でもどこかホッとした気持ちで見つめた。
佑は荒れていた時期、夜中過ぎに帰宅して祐一と言い争いになっていたことがあると多恵子から聞いていたが、誰かの家に泊まるということは、冴子がいた頃からなかった。
佑は他人と寝食を共にすること自体慣れていない。
多恵子から佑が寮に入ったと聞いた時は、ストレスになって、佑の精神状態がもっとひどくなるのではないか、と心底気がかりだった。
「じゃあ、俺たちそろそろ」
佑がそう言った。
「うん、今日は来てくれてありがとう」
「かあさ…、冴子さんの元気な顔が見られて良かった」
立ち上がりながら、“かあさん”を名前に言い直した佑に、冴子は苦笑した。
「佑」
「ん?」
「あなた今、とてもいい顔してるわ」
「え?」
佑は驚いたような顔をした。
「堀井くん」
冴子は真澄を見て、
「佑のこと、よろしくお願いします」
と、しっかりと頭を下げた。
「あ、いや、こちらこそ、よろしくお願いします」
真澄は少し慌てたように、姿勢を正して頭を下げた。
冴子と島岡はエレベーターに乗り込む二人を、手を振って見送った。
「ふ〜ん」
エレベーターのドアが閉まると、冴子はそうもらした。
「何?」
島岡が冴子の顔を見た。
「佑、あの子、恋してるわ」
「え!?」
島岡が驚きの声を上げる。
「そんなことわかるの?」
「わからなかったの?」
冴子は逆に聞き返した。
「いや、確かに前と雰囲気が変わったとは思ったけど…」
冴子が佑の寮をたずねた時、階段を踏み外した佑が真澄に抱きとめられているのを見た。
佑の意識が冴子に向いていたとは言え、佑は自分の体を安心して真澄にあずけている、そう見えた。
あの時、───ここなら佑は大丈夫。
という思いと、ある予感があった。
「あれはガチね」
冴子はそう言って、あごに片手を当てた。
「ガチ…恋?」
「ええ、女の勘よ。間違いないわ」
冴子はそう言ってニッコリと笑った。
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