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第5話

田上の家は最寄り駅からさらにバスで十分ほど、バス停から歩くこと五分の小高い丘の上、裏には林がある静かで自然豊かな場所に建っていた。 「たっく〜~〜ん!」 玄関を入ると田上が両手を広げて小走りに出て来て、佑をガシッと抱きしめた。 次に両手で佑の手をつかみ、 「あけおめ、ことよろ!待ってたよ〜」 とブンブンと上下させた。 「あ、あ、よろしく」 田上のこういう出迎えかたは初めての経験ではない佑だが、それでも若干引いた。 「いらっしゃい」 田上の後ろから声がかけられた。 背は田上と同じようにヒョロリと高く、顔立ちも似ている。メガネをかけ、のばした髪を後ろで縛っていた。 「あ、お世話になります。中野 佑です。今回、力也くんの誘いに甘えさせていただいて…」 佑がそこまで言うと、この家の主は破顔して、 「いいっていいって、堅苦しいあいさつは抜き」 手をヒラヒラと左右に振った。 「これ、親父の勇也ね。さ、上がって上がって」 田上もニコニコしながら自分の父親を指差し、それから早く上がれと言うように佑の腕を引いた。 通されたのは和室。ダイニングに続いていて、中央に長方形のコタツがある。 「入って」 田上に促されてすわると、それは堀ゴタツだった。 部屋には南側と東側に窓があった。どちらにも障子があり、開け放たれている。 南側の掃き出し窓の外は広い庭。枯れた芝生と葉をつけていない高低の木がいくつか見えた。 東側の窓の外に見えるのは冬枯れた木々。風にふかれ、その枝がわずかに揺れている。 「都会育ちのたっくんにはこういう風景珍しい?」 田上が佑の前にマグカップを置きながら聞いてきた。 「あ、うん。なんか、すごく落ち着くなと思って」 「だろ?もうずっと見てられるんだよね。あ、このカップはたっくんのね」 田上が置いたマグカップは四つ。同じ形でそれぞれ色違い。佑のはグラデーションのかかった淡いラベンダー色だった。 佑はくすぐったいような気分を感じていた。 「たっくん、食べ物で好き嫌いなかったよね?」 「ああ、うん、特には」 「オケ」 田上はそう言って、また、ダイニングのほうに消えた。 佑はお茶の入ったマグカップを両手で包みながら、置かれた四つのカップをながめ、また窓の外を見た。 「荷物、俺の部屋に運んどいた」 そう言いながら真澄が部屋に入って来て、佑の隣にすわる。 「あ、ごめん、サンキュ」 「あとでこの辺り散歩してみるか?」 「あ、うん」 「どした?」 真澄が佑の目をじっと見た。 「え?」 「は〜い、おしるこ」 そこに田上がお盆におしるこのお椀をのせてあらわれた。勇也もコタツに入る。 佑はおしるこを食べながら、他の三人を見た。 「佑、どうした?」 いつの間にか手が止まっていたらしい。真澄が怪訝そうに聞いてくる。 「え?あ、いや…。こういうの、なんだかいいな、って…」 「おしるこ?」 聞いてきた田上の肩を、隣にすわった勇也がパシッとたたく。田上が “わかってるよ” と勇也にむかってつぶやく。 勇也が穏やかな笑みをうかべて、 「くつろいでいって。男ばっかりだから、なんの遠慮もいらないし」 と言った。 「ありがとうございます」 佑は頭を下げた。 「コイツに敬語必要なし」 田上が勇也を指差して言うと、今度はペシッとおでこをたたかれていた。 「俺……、家に父親がずっといるってこと今までなかったから…」 佑は苦笑し、顔をうつむけた。 「なんか、どうしていいかわからなくて…。結局、なんにも話せなくて…。緊張して疲れた」 「それは、お父さんも同じだったんじゃないかな」 勇也がそう言った。佑は顔を上げて勇也を見た。 「大丈夫。少しずつでいいんだよ」 勇也は優しい笑顔でそう言った。 「はい…」 佑はそのあと、真澄と近くを散歩した。 学校も山の中だが、この辺りは趣きが異なっていた。一言で自然が豊かと言っても違いがあるのだと、佑は初めて感じた。 「佑の親父さん、和服姿カッコよかったな」 「え?ああ、そうだね」 真澄の言葉に、佑はまたくすぐったいものを感じた。 「佑もリキと一緒か」 真澄が独り言のようにつぶやいた。 「え⁉」 「なんでもない」 聞き返したが、真澄は答えない。 「佑」 呼ばれて真澄を見ると、立ち止まって手を差し出している。 佑はつい辺りをうかがってしまった。 その佑の動きに、真澄が苦笑して手をおろし歩き出す。 佑は真澄の背を見つめた。 そして急いで真澄の横に並び、その手の小指に人差し指をからめる。 真澄が驚いたように佑を見た。佑はただじっと、真澄を見上げた。 真澄はフッと優しい笑みをうかべ、佑の指をそっとにぎり込む。 佑は真澄の優しい視線を受けながら、その暖かな手の中に自分の手を差し入れた。 「たっくん、風呂汲んだから入っておいでよ」 家に戻ると田上がそう声をかけてきた。 「まぁ坊も一緒に入ってきなよ」 「まぁ坊?」 佑が田上に聞き返すと、田上は佑の後ろから入って来た真澄を指差した。 佑は真澄と田上が従兄弟だったことを改めて認識した。 学校に居る時、真澄が田上を “リキ” と読んでいるのは何度か耳にしたことはあったが、田上は常に “堀井” と呼んでいた。 「佑、入るか」 真澄がそう言い、佑は田上が “まぁ坊” のあとに言った言葉にやっと意識が及び、 「いやいやいやいや」 と思いっきり首と両手を振った。 「うち、寮より湯舟も洗い場も広いから、二人でも余裕で入れるよ」 田上の言葉に佑は、 「俺は一人で入りたい」 とキッパリ言い切った。 田上が佑の後ろに立つ真澄を見て、複雑な笑みをうかべた。 「たっくん、布団どうする?いる?」 田上は佑と入れかわりに真澄が風呂に入りに行ったあと、佑に問いかけた。 「うちベッド セミダブルだから、寮のベッドより広いけど」 そう言うと少しあわてた様子の佑に腕をつかまれ、ダイニングのすみへと連れて行かれた。 「田上、それどういう意味?」 佑が顔を近づけ下から田上を見つめ、おさえた声で聞いてくる。 「あ、いや、事実を言ったまでで、深い意味は…」 「俺は寮で真澄と同じベッドで寝てない」 佑はさらに声を低めてそう言う。 佑が真澄を名前で読んだことに田上は気づいた。 「えっと、布団、いる…ね」 「当たり前だろ⁉」 佑の静かな圧に、 「あ、あのさ、たっくん」 田上はそれを抑えるように自分の前に両手を上げた。 「たっくん、最近前にも増して急に目力が強くなってるんだよね」 「は?」 「だから、ちょっと怖…」 「難しい話?」 すぐ近くから声が割り込んできた。 「うわ…ッ」 田上は驚きに声を上げた。 いつの間にかすぐ横に勇也が立っていた。 「勇也、いきなりあらわれるな!」 「いや〜、いつもノラリクラリでうまくかわしてる力也が、押されてるみたいだから、めずらしいなぁ、と思って」 勇也はニコニコと笑いながらそう言った。 「ノラリクラリ…って、オマエは自分の息子をどう見てるんだよ⁉」 田上は勇也の体の向きを変えさせ、 「いいからあっち行ってろ」 と背中を押した。 勇也が渋々キッチンに戻って行くのを見てから、田上は佑のほうを見た。 こちらは先ほどの表情のまま、じっと田上を見上げてくる。 「あ、はい、布団ね」 田上は苦笑いをして、客用の布団がしまってあるもう一つの和室へと佑の先に立ってむかいながら、 「余計なことするなって、まぁ坊にまた怒られそう…」 とため息と共につぶやいた。

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