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act.7 Angelic Kiss 〜 the 3rd day 3

ETCのゲートを通り抜けて曲がりくねった坂道を登り、高速道路に乗った頃には、会話は途切れてしまっていた。間を持たせようとカーステレオを入れると穏やかなバラードが流れ出す。けれど、それで場の空気が和むことはなかった。 「……どこに、行くの」 ぽつりと呟く怯えた声が、後ろから聞こえてくる。ミチルは行き先を知らされないまま車に乗せられて楽しめるほど警戒心のない子どもではない。看板に表示されている方面を見れば、どこへ向かっているのかぐらいはわかるだろう。 「ミチルが行こうとしていたところだよ」 きちんと答えるハルカの口調は思いやりに溢れていて、優しく温かかった。 「ごめんね。僕、見ちゃったんだ。ミチルの持ってるメモに書いてあった住所。そこへ行こうと思ったから、ミチルは家を出てきたんだよね」 ルームミラーにそっと視線を走らせれば、黙ったまま俯くミチルの悲愴な表情が見えた。えらく思い詰めた顔だなと思う。 「どこだか知らないけど、ちゃんとそこまで連れて行ってやるし、お前が望むならハルカと俺は送り届けてからそのまま帰ってもいいよ」 平日の高速道路は休日よりは幾分空いているが、それでも交通量は多い。 他の車が一台も見当たらないような、どこまでも真っ直ぐな道をフルスピードで走り抜けることができたら気持ちいいだろうな。そんな考えが、ふと頭によぎる。 ミチルも、ハルカも、そして俺も。全速力で走ることで、背負っているものを振り落とすことができればいいのに。 時空を超えられる程の速度で、塗り替えられない過去を振り切ることができたら、何かが変わるんだろうか。 そんなことを思いながら、俺はやり切れなさに小さく溜息をつく。馬鹿なことを考えていないで、今できることを探るしかない。 後ろで黙り込んでいるミチルが少しでも答えやすいように、俺は選択肢を出してやる。 「そこ、誰かの家なんだろ。お前の母親? それとも、知り合いか」 小さなミラーの中で、俯いたままミチルはおもむろに口を開いた。 「……僕、お母さんがどこにいるか知らないんだ。向こうから連絡があったことはないし、お父さんからお母さんがどうしてるのかも聞かされたことがなくて。多分だけど、お父さんも隠してるんじゃなくて本当に知らないんだと思う。家を出る前に探してみたけど、お母さんの連絡先がわかるものは何も出てこなかった」 ということは、今向かっているのは母親の家ではない。けれど、ミチルの父親が連絡先を知っていて、しかもミチルが縋ろうとする相手。それならきっと近しい間柄に違いないと俺は確信していた。 頼れる誰かがいるのなら、この子には一縷の望みが残されている。 「じゃあ、もしかしてお父さんの方のおばあちゃんとか」 助手席からそんな声が聞こえてきて、俺は思わずハルカを振り返る。 「どうして」 ミチルの呟きは、今にも掻き消えそうだった。 「何となく。お母さんとの繋がりがないんだったら、そんなところかなって」 「……ハルカは何でも知ってるんだね」 溜息混じりにそう言って、小柄な少年は少しずつ言葉を吐き出していく。 「何ヶ月か前に、家の中でおばあちゃんからの封筒を見つけたんだ。僕が小さな頃に送ってきたものみたいで、お父さん宛てだった。僕、おばあちゃんとは一度も会ったことがないんだけど、名前だけはずっと前にお父さんから聞いたことがあったんだ。その封筒にはおばあちゃんの住所と名前が書いてた。中には手紙は入ってなくて、現金書留って書いてあった。僕、親戚には全然会ったことがなくて、僕の家族はお父さんだけで。だから、おばあちゃんってどんな人なんだろうって思ってた。家を出ようと決めた時に、何となくおばあちゃんのことを思い出して、会ってみたくなったんだ。もしかしたら、一晩ぐらい泊めてくれるかもしれないと思ったりもした」 ぽつりぽつりと、時折言葉を詰まらせながらミチルは言葉を紡いでいく。 それを聞いて、胸の内にむくむくと不安が募っていく。ミチルの祖母というその人は、ミチルにあんなひどいことをしてきた男を産んだ母親だ。果たして、ミチルの味方になってくれる可能性はあるんだろうか。 突然、車内が夜のように暗くなった。トンネルに差し掛かったからだ。けれど向かう先には光が見えている。この闇は短く、出口はすぐそこにあった。 「わかった。お前のおばあちゃんに会いに行こう。ちゃんと助けを求められるか」 不思議そうなミチルの表情が一瞥したルームミラー越しに見えた。何のことかわからない。そんな顔をしている。 「いいか。俺もハルカもお前のことはすごく心配だし、何とかしてやりたいと思ってる。俺たちはこの先ずっとお前の傍についてやることはできないけど、その人ならお前の力になって支えてくれる可能性はあるんだ。どうなるかは正直何とも言えないよ。その人が今向かってる住所に住んでるかどうかもわからないし、確かにお前の肉親なんだろうけど、会ったこともなければどんな人柄かも知らない。こうして会いに行ったところで、拒絶されてしまって傷つくだけかもしれない。だけど、もしもその人がそこに存在して、事実を受け入れた上でお前の味方になってくれるのなら、こんなにいいことはない。どうにか道は拓けるんじゃないかと思う」 白い光が一気にフロントガラスから射し込んで、眩しさに目を細める。ミチル、お前もちゃんとトンネルを抜けるんだ。必ず出口はあるから。 「覚悟を決めるんだ。お前の身に起きたことをちゃんと話せるか、ミチル」 返事はなかった。俺はアクセルを踏み込んで、鈍く陽の光を反射する灰色のアスファルトを駆け抜ける。

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