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act.7 Angelic Kiss 〜 the 3rd day 14

「嘘をついてごめんなさい……僕、やっと十六歳になったところなんだ」 俺の目を見ながら、ミチルはそう謝った。それでいい。だから俺はお前の身を守る手段を提示できる。 「お前の父親を、警察が逮捕すればいいんだ。そうすればお前を追うことはできなくなる」 「逮捕?」 大きな目をぱちくりとさせてから、ミチルは俺を凝視した。実の父親を訴えるなんて、今まで考えたこともなかったのだろう。 「お父さんは、逮捕されるようなことをしてる?」 「してるよ。だから言ってるんだ」 この子は自分の父親が罪を犯していることさえわかっていなかったんだ。何もわからずに、ただ抗えない強さで捻じ込まれる暴力を我慢して受け入れていた。 胸に痛みを覚えながら、俺はミチルに順を追って説明していく。 「この国では、親が十八歳未満の子どもを犯してはいけないと法律で決められている。監護者性交等罪という、ちょっと難しい名前の罪名だ。この子どもの性別は男でも女でも関係ないし、暴行や脅迫がなくても成立する犯罪だ。これならお前の父親を逮捕できるし、きっと起訴にも持ち込める。つまり、裁判に掛けられるんだ。法定刑は5年以上20年以下の懲役だから、父親を一生刑務所から出られなくするのは無理だけど、その間にお前は大人になる」 長年に渡って息子を凌辱してきたミチルの父親に、情状酌量の余地は全くない。あとは、刑務所に放り込めるだけの材料を揃える捜査をすればいい。 ミチルは昨日、父親が行為の最中に写真や動画を撮影したと言っていた。それがあれば本件の証拠になるばかりか、児童ポルノ製造罪も併せて付けられる。 何年刑務所に入ろうと、この心優しい子に絶望の日々を与え続けた罰としては全く足りないとは思う。 それでも俺は、これを機にミチルに掴んでほしいんだ。今までの不幸を埋め合わせても余りあるほどに幸福な未来を。 もしも──これは、もしもの話だ。 刑事を辞めようと決めるより先に、俺がこの事件を担当できていたなら。 必ず起訴まで持ち込めるように、死ぬ気で捜査しただろう。 「……でも」 沈黙を破って口を開いたのは、ハルカだった。 「裁判になれば、この子は法廷で父親と争わなければならない」 深妙な面持ちでハルカはミチルに視線を向ける。まだ十六歳になったばかりの少年は、唇を噛み締めたままじっと俺を見つめていた。 この子はけっして人前で堂々と被害を訴えられるような性格ではない。これほどおとなしい子が父親や大勢の大人の面前できちんと証言できるかと問われれば、難しいだろう。 「裁判になれば、ミチルは証人として出廷することになる。でも、その時は性犯罪の被害者として最大限に配慮される。家族や弁護士に付き添ってもらうこともできるし、父親と顔を合わせたくないなら、ついたて越しに法廷に立ったり、別室でモニターを使って証言したりもできる。被害者を保護するためにそういう措置が取られるようになってるんだ。周りはみんな、お前のことを守ろうとするだろう。だけどそれは全部、お前に闘う勇気さえあればの話だ」 「……闘う、勇気」 俺の口にした言葉を、ミチルは噛みしめるように繰り返す。こちらを見つめる真摯な眼差しには強い力が篭っていた。俺はそれに負けないようにしっかりと頷く。 「ああ、そうだ。闘うのはお前だ。だけど、一人じゃない」 しばらく口を閉ざしてから、ミチルは小さな声でたどたどしく自分の思いを伝えてくる。 「僕、今まで思ってもみなかった。お父さんが逮捕されるようなことをしてるなんて。それに、僕がお父さんと闘うことも」 世間一般では、親は子どもに無償の愛を与えるものだというイメージを持たれていて、それが当たり前だと思われている。けれど、残念ながらそうであるとは限らないケースも多い。それなのに親から虐待を受ける子どもは、どんなにひどいことをされようと健気に親を庇おうとする。親に対する子どもの愛情こそ無償だと俺は思う。 ミチルも今までは、きっとあんな父親でも受け入れようとしてきたんだろう。だからこそ今までの分も余計に、幸せにならなくちゃ駄目なんだ。ただ逃げ回るばかりでは、この子は救われない。 「ミチル、よく聞いてくれ」 ここが正念場だと思った。俺がこの子を説得できるかどうかが、この子の未来を左右するんだ。 俺はもう、警察を辞める身だという自分の立場が見えなくなっていた。初めはこの子の事情を聞かないでおこうと思ったし、深く関わるつもりもなかった。それは全部保身のためだ。でも、一緒に過ごしているうちにそれができなくなってしまっていた。 俺はただ切実に、このいたいけな少年に何とか幸せになってほしかった。 「残念だけど、自分の息子にこんなひどいことをするお前の父親は異常者だ。お前には何の落ち度もない。お前は今まで散々な目に遭ってきたんだから、もういいよ。我慢しなくていい。その代わり、ちゃんと父親に法の裁きを受けさせるんだ。それは、お前にしかできないことだ」 どうか、ミチルの心に届くように。俺は祈るように言葉を紡いでいく。 「これはお前が父親の前から姿を消せば解決するという問題じゃない。お前がいなくなったところで、お前の父親の性癖や性欲がきれいさっぱりなくなるかというと、そうじゃないだろう。今までだって、衝動を自分で抑えられないからお前が犠牲になっていたんだ。お前がいなくなれば、いずれその矛先は別のどこかへと向けられる。どうなるかはわからないけど、悪い形で表に出ることは間違いない。誰かが犠牲になる。今、それを喰い止めることができるのはお前だけなんだ。周りの大人がいくら頑張ったところで、お前にその気がなければどうすることもできない」

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