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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 2nd day 4
謝らければいけないこと。
思ってもみなかった言葉にどきりと心臓が高鳴る。ひたむきな眼差しはミツキのそれにどこか似ていて、この小さな子が懸命に僕と向き合おうとしているのがわかった。
「うん、何かな」
跪いて同じ高さの目線でそう問いかければ、アユムくんは瞳を揺らしながら繋いでいた僕の手をきつく握りしめる。
大きく息を吸って、吐いて。やがて迷いを振り切るように、小さな唇を開いた。
「アスカ、あのさ。前に会ったとき、おれのパパは天国にいるって話したよね。あれ、嘘だったんだ」
その言葉に、以前この子と一緒に過ごしたときのことを思い出す。
『おれ、パパが生きてたときに行きたいんだ』
アユムくんは時計の針を逆方向に回すことで、過去へと溯ろうとしていた。健気なことを口にする姿に胸が痛んだことを憶えている。天国にいる人に会いたいという想いは、そのまま僕が抱くのと同じものでもあったから。
この子の言っていたことは嘘ではない。ただ、真実を知らなかっただけだ。けれど、こうしてわざわざ僕にそのことを打ち明けてくれるのには、何か意味があるのだろう。
「そうだったんだね」
「うん。パパは天国にいるんじゃなくて、生きてるけど遠いところにいるんだって。アスカ、嘘をついてごめんなさい」
「謝らなくていいよ。それは嘘じゃないし、アユムくんがすごくいい子だっていうことを、僕はちゃんと知ってる」
そう言って艶やかな髪をさらりと撫でれば、アユムくんは僕の表情を窺うように見つめながら、小さく肩を落とした。この子なりに真相を話すことに緊張していたのだろうと思う。
何かの折に知ってしまったのか、この子の母親が知らせたのかはわからない。けれど、本当のことを知るのは悪くないことだと思う。
僕自身が、父親の不在について何の説明も受けず、曖昧な認識のままに育ってきた。それが悪かったというわけではないけれど、どんな事実でもいいからその理由を知りたいと思っていたのも確かだった。
そして、次にアユムくんの唇からこぼれた言葉は、射し込む光のように僕の心に突き刺さる。
「パパの代わりに、おれがママを守るんだ」
キラキラした眼差しに目を奪われる。この子はこの子なりに現実を消化しようとしていた。
真実を知ることが必ずしもいいことであるとは限らない。それでも、この子はそれをプラスにしようとしている。
何て強い子だろう。
「実はね、僕も小さな頃からお父さんがいなかったんだ」
目を覗き込みながら語りかけると、アユムくんはハッとした顔で僕を見返す。
「いなくなったのは、お父さんだけじゃない。本当に大切な人が、僕のせいで死んでしまった。でも、僕はアユムくんみたいに強くなれなかった。僕はすごく弱くて、いつも」
そこで言葉は途切れてしまう。僕はこんな小さな子になんということを話そうとしているのだろう。
ひどく息苦しくて、語るべき言葉を紡ぐのは難しかった。
「──いつも、逃げてばかりで」
喘ぐように声を絞り出すと、伸びてきた小さな手が頬に触れる。温かな掌が肌に心地よい。
詰めていた息を吐き出すと、アユムくんは真剣な眼差しで口を開いた。
「おれね、アスカのことが好き。光希だってアスカのことが好きなんだ」
そっと告げられた言葉にまた胸が痛みを覚える。
わかっている。光希の想いを知っていて、それなのに僕は受け入れる振りをして裏切り、意図的に連絡を絶っていた。
そんなことを口にしてしまえば、自分の薄情さをまた思い知るだけだろう。
「だから、ママだけじゃなくてアスカのことも俺が守るよ。光希だって、アスカを守りたいんだと思う」
守るという言葉の意味を、六歳のこの子はわかっているんだろうか。
僕には守られる資格などない。それでも今ここでこの子に対して言うべき言葉はひとつしか思い浮かばなかった。
「ありがとう」
両腕が首に回されて、小さな身体が躊躇いもなく抱きついてくる。ほっこりとした体温が愛おしいほどに優しく柔らかい。
「ママがよくこうしてくれるんだ。だからアスカにもしてあげるね」
いつの間にかこの子は、とうに僕より大きくなっていた。恐る恐る抱き返せば、耳元でくすぐったそうな吐息がこぼれた。
「わあ、すごくいい匂い」
「アユムくんもね」
なぜだか泣きそうになって、薄い肩に顔を埋める。これから歳を経て成長しても、この瞬間を忘れないでほしいと思った。
誰かの記憶に残りたいなどと、思うこともなかったのに。
「アスカ、また会おうね。絶対だよ」
幼い約束の言葉に僕は頷く。
そうだね。全てを赦されるその時が、もしも訪れるのなら。
いつか僕は君と対等に向き合えるようになりたい。
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