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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 2nd day 6
「こっちだ」
本堂へと続く階段は前にそびえていたけれど、腕を引かれて脇道に逸れる。小さな門をくぐれば、古びたお堂が目に飛び込んできた。
目の前にびっしりと並ぶ、赤の光景。
幻想的な異世界に入り込んだような錯覚がした。所狭しとひしめき合う数々の地蔵。鮮やかな赤は、その前掛けの色だ。
立ち並ぶ地蔵の周囲には、極彩色の風車が乱立している。小さな子どもが好むような、くっきりとした明るい原色だ。プラスチックでできたそれらは無機物であるはずなのに、そこに彩りを添えるために咲く花のようだった。
ミツキの後に続いて足を進めていく。雲の上を歩いているように、足下が頼りなく感じられた。
「ここは」
「うん」
短い返事だったけれど、それで十分だった。
ここは、ミツキがかつて失くした生命を祀る場所なんだろう。
高校生の時に付き合っていたという彼女。そのお腹に宿っていた子どもの魂が、ここに眠っている。
「お参りの仕方がよくわからなくてさ。いつも手を合わせるだけなんだけど」
低い声でそう言ってミツキは両手を合わせる。僕もその傍らに肩を並べて、同じように両手を合わせた。
「こういうことはちゃんとしなくちゃいけないって親に言われて、彼女と別れてからなんだけど、ここで供養してもらってさ。うちの母親は、俺を産む前にお腹の中で赤ちゃんを亡くしてて、その子もここで眠ってるんだって」
「……そうなんだ」
ミツキに倣って目を閉じたけれど、自分が冥福を祈る方法など知らないことに気づく。
この子はこの世に生を受けたかったのだろうか。
まず脳裏に浮かんだのはそんな疑問で、けれどその魂はもうそんなことなど超越したところにいるのではないかとも思う。
生きている者が感じる哀しみとは無縁の場所にいる。
続けざまに、僕は自分のことを考える。
サキがいなくなってから、ここは僕にとって空虚な世界だった。
地に足を着けて歩いているつもりでも、まるで身体から魂が抜けているかのようにふわふわと心許ない。現実と夢の境界がわからないぐらいに淡く融けたぬかるみに浸かり、闇雲に呼吸をしてきた。
サキのいない現実を彷徨ううちに夢の中へと入り込み、いつの間にか醒めてまたどこかを放浪している。自分がどこにいるのかも、立っているのか這っているのかさえわからないまま。
契約を結んだ四日間で、僕の中を誰かが通り過ぎて行き、それを見送ってから僕はまたユウの待つあの部屋へと還る。サキを失った僕は、それをずっと繰り返してきた。
『お前の生命は俺が預かる』
サキが亡くなった直後から、ユウにそう告げられたあの四日間を過ごすまでの間、幾度となく死にたいと願っていた。
死んでサキに謝りたい。償えることは何もなくても、このまま生きていくことはできないと思った。サキのいない世界は、僕にとって何の意味もない場所だから。
けれど僕は、生まれてこなければよかったと思ったことはなかった。そのことに今更ながら気づいて、そして反芻する。なくしてしまうにはあまりにも愛おしい想い出の数々を。
ミツキが失った子にも、そんな尊い記憶を授かる未来だってあったのだろう。
頬を撫でる風に目を開ければ、ミツキが隣で僕をじっと見つめていることに気づく。合わせていた手をそっと降ろせば、その甲に温かな掌が触れた。
「ありがとう」
礼を言われるようなことなど何もしていない。交わる視線から逃れるように、僕はかぶりを振る。
繋いだ手はそのままに、二人で参道へと戻った。元来た方へと足を向けながら、僕はぼんやりと過去のことを考えていた。
「ミツキは僕の姉に会ったって、言ってたよね」
そう話を向けると、ミツキはこくりと頷いた。
「アスカと四日間を過ごしてしばらくしてからね。アスカのことをもっとちゃんと知りたかったから、お姉さんと話をした。俺、必死だったからね。勝手なことをして悪かったと思ってる」
整備された舗道を踏みしめながら、僕たちは会話を交わす。さらりと口にしているけれど、ミツキはきっと藁をも縋る思いで僕へと繋がる人と接触したに違いなかった。
「ミツキは何も悪くないよ」
悪いのは、僕だ。
もう二度と連絡しない。電話をしてミツキにそう伝えた時のことをまた想い出す。胸が張り裂けそうだったあの夜を、昨日のことのように憶えている。
あの時、ミツキはルイに会ったと言っていた。どの程度かは知らないけれど、幾分かの事情は伝わっているはずだ。ルイに子どもがいることも、その子の父親が誰なのかもミツキは当然知っているだろう。
「サキの子どもって、大きくなったのかな」
そんなことをこぼせば、ミツキは軽く目を見開いてまじまじと僕を見つめた。
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