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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 2nd day11※

『いい子だね』 沙生の言葉に深く息をつく。僕はいい恋人ではないと思う。いくら背伸びをしても沙生と釣り合わない。あらぬ想像をしては不安になり、嫉妬して焦燥に駆られてしまう。 それでも、せめて沙生の前ではいい子でいたいと願う。 沙生は僕の唇を奪うように口づけた。自分自身が沙生の中に入り込み、蕩けていく感覚がする。 それ自体が生命を持つかのように、舌先はぬるりと僕の口内に入ってくる。歯列をなぞる滑らかな舌を絡め取って軽く吸うと、特有の苦味が広がり、甘美な媚薬のように体内を巡っていく。 達したばかりなのに、もう僕は堪らなく沙生のことが欲しくなっていた。 この飢えを一人で満たすことなどできない。弄り合う気持ちよさに腰を揺らして沙生に押しつければ、焦らすように胸の突起を摘ままれて身体がびくりと跳ね上がった。 『……あっ、……さ、き』 そんな小さな意地悪さえ愛おしい。我慢の限界を迎えた身体は物欲しげに震えていた。 ゆっくりと腰を浮かすと沙生が半身を握って僕のそこにあてがう。次に来る強い刺激に備えて息を吐きながら、僕は沙生のきれいな顔を覗き込む。鳶色の瞳は美しい光を湛えて煌めいていた。 『おいで。ご褒美だ』 目を閉じて腰を落とした途端、大きく突き上げられて僕はまた果ててしまっていた。 『──あぁ、あ……ッ!』 欲しいものを与えられた途端、求めていた感覚が訪れ、急速に全身を駆け抜けていく。 声を押し殺しながら身体の中で爆ぜたものを逃がそうと無意識に仰け反れば、沙生が息をついて僕の背中を強く抱きしめた。 僕の中は体内に埋められたそれを根元まできっちりと呑み込んで、取り込もうとするかのように何度も締めつける。 強い快楽は次第に弱まり、穏やかなさざなみに変わっていく。僕が落ち着くまで、沙生はじっと待ってくれていた。 『あ……気持ちい……』 熱の余韻で二人の境目が融けたように感じる。現実から掛け離れたこの感覚がとても好きだ。 『ああ、いい匂いだね』 そう囁いて、沙生は僕の鼻先でそっと微笑む。この身体から放たれるという匂いがどういうものかを、僕は未だに知らない。それでも沙生が好きだと言ってくれることが嬉しかった。 『俺がいない時はこうして一人でするんだよ』 そんなことを言われて、思わず喰い入るように見つめてしまう。その言葉はまるで僕から離れていくことを予感している気がしたから。 『沙生、いなくなるの?』 逸る鼓動が嫌な音を立てて鳴り響く。幼い頃からずっと傍にいてくれた沙生を失うことを、僕はひどく怖れていた。 『そうじゃないよ。でも、一緒にいられない時もある。本当はずっとこうしていたいけどね』 そう言って沙生は向かい合ったまま僕の唇を軽く食んだ。ゆるりと腰を動かされて、思わず声がこぼれる。 またどちらからともなく唇を重ねた。緩く突き上げられて、くぐもった声は滑らかな舌に絡め取られる。 吐息が熱く縺れ合う。収まる隙も与えられずに揺さぶられるうちに、ゆらゆらと波のように快感が高まっていく。繋がった部分から聞こえる水音の大きさに耳を塞ぎたくても、僕の両腕は沙生の首に回されていて叶わない。今はこの腕を解きたくなかった。 『あぁ、ん、あ……ッ』 二人でどこまで行けるのだろう。 深い深い海の底に沈んでいく。誰も見ていないところで、このまま水に融けてしまいたい。 空は遥か遠く、輝く太陽には届かない。 『飛鳥』 突き上げられるリズムに合わせて腰を振りながら、おぼつかない身体を押しつけるようにしがみつく。揺さぶられるうちに身体中の感覚がおかしくなっていく。 挿れられた瞬間からとうに限界は過ぎていた。身体の奥に詰まるような圧迫感が薄れているのが、何よりもその証拠だった。 『大好きだよ』 愛おしい声で囁かれて、僕は小さく頷く。軋むスプリングの音が次第に激しくなるのを耳が拾い、ゾクゾクと背筋を電流が掛け上がる。 『僕も……大好き』 喘ぎながら言葉を紡げば、沙生は下から掬うように僕の唇を食んでいく。これ以上は無理なぐらいに繋がっているのに、僕が僕自身であることがもどかしくて堪らない。肌を合わせる度に、僕達が別個の人間であることを自覚させられる。 沙生と本当の意味でひとつになりたい。もっと違う形ならば、それは叶うだろうか。 『──は、あッ、沙生、沙生……っ』 ガクガクと激しく揺さぶられて、意識が飛びそうになる。この感覚を手放したくない。喉を仰け反らせて針が振り切れたように何度も名前を呼ぶ。 首元に掛かる呼吸は荒くて、沙生も限界が近いのだとわかった。

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