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the last act. Plastic Kiss side A 〜 the 3rd day 3

「そうだったかな。ごめん、憶えてないんだけど、きっと言ったんだと思う」 申し訳なくて謝る僕にミツキは一瞬淋しげな顔をして、それからかぶりを振った。 「へえ、意外だな」 何が、と僕が口にするよりも早く、答えは紡がれる。 「アスカでも忘れることがあるんだなって」 「それはそうだよ」 ささやかで幸せな記憶は次第に薄らぎ、彼方へと消えていく。けれど、辛く悲しい想い出は僕の中から決して失われることがない。 深い哀しみを忘れることができる日。いつか、僕にその時が訪れるとは思わない。 「アスカは、忘れてはいけないことがあると思ってるんだよな」 僕の気持ちを見透かしたかのように、ミツキはそう言って僕をじっと見つめる。 こくりと頷いて、僕は抱いている思いを心の中でそっと反芻する。 人は死んだらどこへ行くのだろう。叶うならばその答えを知りたいと、ずっと強く願っていた。 それは今でも変わらないけれど、僕自身は少しずつ変わっている。 沙生に会えなくなった時間の分だけ、僕は歳を経た。それを成長だと肯定的に捉えることはできない。 だって、僕は何ひとつ前へと進めていないから。 『生物は生まれた瞬間に死へと向かっていくんだ』 そんな言葉を、かつて幼馴染みから聞いたことがある。 『だったら、どうして生まれるんだろう』 子どもだった僕は素朴な疑問を率直に投げかける。必ず死んでしまうのなら、生まれること自体が虚しいことなのではないか。少なくとも、僕にはそう思えた。 『うん。だからね、生きる過程が大切なんだと思うよ』 詰襟の学生服を着た沙生は、僕の隣で微笑みながらそっと空を見上げる。 『生まれてから死ぬまでの間が大切で、それぞれに役目があるんだ。いつか俺もいなくなってしまうけど、何か生きた証を残せたらいいなと思うことがある』 沙生と同じ景色が見たくて、僕も顔を上げてみる。水面のように光を反射しながら揺れる空にしばらく見入って、ふと隣に視線を移せば、そこがぽっかりと空いていることに気づいた。 まるで初めから存在しなかったかのように、沙生の姿は淡く輪郭を滲ませて、煌めく光の中に溶けていく。 「……死んだらどこへ行くんだろう」 糸が切れたようにまたこちら側へと引き戻されて、僕はミツキと二人でいることに気づく。 夢と現実の狭間を行き来する僕に、ミツキは何も追及することなく寄り添ってくれている。そのことがひどく不思議だったけれど、傍にいてくれてよかったとも思った。 「ミツキは昨夜、天国の在り処は遺された人の記憶だと言ったよね。だけど、もしもそうじゃなかったとしたら?」 凛とした眼差しが、僕を見つめている。しばしの沈黙に、僕の求める答えを真摯に考えてくれているのだとわかった。 「さあ。自分が死んだ時に初めてわかるのかもしれないし、ひょっとしたら死んでもわからないのかもしれない。でも、案外行くところなんてなかったりしてな」 「どういうこと?」 「どこへも行かない。そういう結論もあるんじゃないかってこと」 どこへも行かない、か。 まるで禅問答のようだと思う。ミツキは少し笑って、徐ろに立ち上がった。 「外に出ようか。ドライブだ」 断る理由は思い浮かばなかった。差し伸ばされるままに、その手を取る。 これは、僕のために仕組まれた四日間だ。 明白な作為を感じているにもかかわらず、この空間を居心地よく感じてしまう。 サキと過ごしていた時間が現実で、こちらの世界が夢なのだろうか。 そんなことを考えることさえ罪なのかもしれない。 青空と同じ色に光るコンパクトカーをしばらく走らせて、繁雑な高速道路を走り抜けていく。郊外に出ると、途端に車の数が随分と減ったように感じた。 陽射しの下を、軽やかなエンジン音と共に駆け抜ける。 カーステレオから流れるフレンチポップスに耳を傾ける振りをして、僕は横目でそっと運転席の様子を窺う。 ミツキは今、一体どんな気持ちで僕といるのだろう。ずっと胸に抱いているそんな疑問を、口にすることができずにいる。 突然両サイドのウィンドウが降りて、吹き込んでくる強い風に思わず顔を背けた。それは一瞬のことで、外の世界はすぐに閉ざされる。 小さく笑う気配に目を開けると、ミツキが悪戯っ子のような眼差しで僕を見ていた。 「ごめん」 悪びれずにそう言ってミツキは前を向き、乱れた僕の髪を優しく撫でた。まるで無邪気なカップルのするデートのようだ。そう思うのは不謹慎だと思う。これは、二人で過ごす儀式に過ぎないのだから。 ここのところ僕の過ごしてきた日々はいつもそうだった。誰かの中をただ通り過ぎていく四日間。たかがそれだけの時間で何かが変えられるだなんて、軽率な考えだと笑われても仕方ないだろう。 けれどサキを失った直後に死ぬことしか考えていなかった僕が、ユウと共に過ごした四日間を経て生きることを選択したことは事実だ。だからこそ僕は、この仕事を始める際にあえてこの日数を設定したのだ。

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