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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 3

ミツキの家を出て駅まで歩き、各駅停車の列車に乗って大学へと向かう。 三つ目の駅を降りれば、そこが僕達のキャンパスの最寄駅だった。 普段は活気のある学生街も、休日の朝は人通りが少なく閑散としている。 懐かしい光景に目を細める。かつて毎日通り抜けていた昔ながらの商店街。帰宅時には途中で足を止めて店の中に入ることもあった。 古くからある喫茶店の名物は、食べ盛りの学生も満足できるよう、大皿いっぱいに盛り付けられた昔ながらのオムライスだ。あらゆる文房具が豊富に並ぶ文具店。大学で使われる参考書や専門書を多く揃えた書店。安くておいしいと評判の定食屋。 日曜日は定休日の店が多い。静けさに包まれた街並みを、ミツキと歩調を合わせてゆっくりと進む。歩く度に、鼓動が少しずつ速まっていく。 商店街を抜けると、目の前には見知った風景が広がっていた。赤レンガとクリーム色の壁が組み合わさった、厳かで風格のある建造物。由緒あるミッション系の学舎が、僕達の前に聳え立つ。 僕を取り巻く環境は、以前とは随分違うものになった。けれど、この光景だけは変わらず僕を迎え入れてくれる。 僕の学籍はまだここに残っているはずだ。サキを失った、今もなお。 右手にミツキの手が触れる。身体の中で鼓動が一段と大きく響いた。 美しいカーブを描くアーチをくぐり抜ければ、そこには見慣れているはずの懐かしい景色があった。 広い敷地に青々とした芝生が広がる。僕達は煉瓦敷きの小径を縫うように歩いていく。疎らだけれどあちこちに人の姿が見られるのは、講義はなくとも勉強やサークル活動のために通学する学生が多いからだろう。 擦れ違う人々は、誰も手を繋ぐ僕たちに目を留めることがない。変わらないなと思う。この程よい無関心が、僕にはいつも居心地がよかった。 僕はこの古めかしく手入れの行き届いたキャンパスが好きだった。研究室に籠るサキの近くにいるために、用もなく構内にいたこともあった。 右手に図書館の建物が見えてきて、思わず溜息をつく。 この図書館で論文誌や古典ミステリを読み耽りながら、時が過ぎるのを待つ。そんな一人の時間が僕は嫌いではなかった。 大学関係者だけが入ることのできる図書館は、あまり太陽光が入らないように設計されていた。本が傷むのを防ぐためだ。人がたくさんいるけれど静かで落ち着いた空間は、僕にとって心安らぐ場所だった。 右手にぬくもりを感じながら、僕はゆっくりと時間を遡っていく。 まだ大学に入学する前、うららかな春の陽射しを浴びながら、僕はこうしてこの場所を歩いたことがある。 陽射しが一際煌めく季節だ。 高校の卒業式を終えたばかりの僕は、喧騒を離れて沙生のもとへと駆け寄った。 『卒業おめでとう』 校門から少し離れた場所で待ってくれていた沙生は、細身のスーツに身を包んでいるためか、いつもより大人びて見えた。 六歳上の幼馴染みが遠い存在に思えて、僕は手を伸ばす。その手を躊躇いもなく取って繋いでくれるこの人のことが好きだと、改めて実感した。 『ありがとう』 母の代わりを兼ねて卒業式に参列してくれたことに、僕はそっと感謝の言葉を告げた。 肩を並べて駅のある方向へと歩き出す。まだ肌寒いけれど、頰を撫でる優しい風に春の確かな訪れを感じた。 足を進める度に、僕の胸元で白い花弁がひらひらと靡く。この高校では、男子生徒は白い薔薇のブートニアを、女子生徒は赤やピンクの薔薇のコサージュを付けて卒業式に出席する習わしがあった。 『陽太くんとは仲が良かったから、淋しくなるね』 沙生の言葉に、僕は仲の良い友人の顔を思い浮かべる。 陽太は僕のことを理解してくれる大好きな友人だった。高校ニ年生のときに同じクラスになった陽太は、同級生となかなか馴染むことのできない僕のことを気にかけて、橋渡しをしようとしてくれた。その名の通り、太陽のように朗らかで明るい陽太は、当時沙生に片想いしていた僕のことを全力で応援してくれた。 僕の高校生活を充実したものにしてくれた陽太は、幼馴染みの彼女と一緒にアメリカの大学に進学することが決まっている。入学は九月になるけれど、向こうの生活に慣れるために来月には渡米するらしい。 『大丈夫だよ。今までのようには会えなくなるけど、連絡は取ろうと思えばいつでも取れるし』 それに、僕には沙生がいる。 心の中でそっと付け足してみる。この愛しい人が傍にいてくれさえすれば、それだけで僕は大丈夫だ。 沙生は僕の全てだから。 僕たちは取り留めもない話をしながら、駅に向かって歩いていく。

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