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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 2
「僕と一緒にいて楽しい?」
恐る恐るそう尋ねると、ミツキは面喰らったように目を見開く。
何とも言えない沈黙が続いた。言葉が返ってくるまでの時間の長さに焦れて、つい訊いてしまう。
「……どうしたの?」
「アスカって時々おかしなことを言うよな」
呆れたように苦笑して、ミツキはカップにそっと口を付けた。ふと二人で一緒に学食で過ごしたことを思い出す。僕たちはよくこうしてテーブルを挟み、対面で食事をしながら、日々の他愛もないことを話し合った。
「もちろん楽しいよ。でも、楽しいからっていう理由だけで一緒にいたいわけじゃない」
そう言葉を置いて、僕を真っ直ぐに見つめる。この眼差しは、僕をこの世界に留める力を持っている。そう思わされてしまうほどに、ふたつの瞳は強い光を灯す。
「アスカのことをもっと知りたいし、抱えているものを理解できたらいいと思ってる」
「だけど、僕はミツキが思ってるような人じゃないかもしれない。本当の僕は、ものすごく醜くてドロドロした酷い人間だ。もしそうだったとしたら、どうするの」
質問の形で投げ掛けたものの、実際にそうであることには違いない。
僕は狡く浅ましい人間だ。僕の身勝手で、サキの残り少ない大切な生命を奪ってしまった。それは紛れもないことで、どれだけ足掻こうと消し去ることのできない事実だ。
「もし、アスカが悪い人間だったら、俺は離れていくかもしれない──そういうことが言いたいのか」
こくりと頷くと、ミツキはなぜか嬉しそうに笑った。おかしな話などしていないのに。
「アスカが悪い人間なら、俺は極悪人だ。だから、大丈夫。どこへも行かない」
どこへも行かない。力強い言葉が耳に心地いい。けれどそれが真実であるかどうかはまた別の話だ。
「ミツキが極悪人だったら、僕はどうなるの。僕は弱くて狡いよ。酷い人間だって、自分でもわかってるんだ」
そうこぼせば、ミツキはカップをテーブルに置いて身を乗り出してきた。強い眼差しが間近で僕を捕らえる。
「アスカはね、俺なんかよりもずっと強い。強くて優しくて、感受性が豊かだから誰かの痛みを自分のもののように感じてしまう。そうわってふらふらしてるのを見てると危なっかしくて、守ってやりたいと思う。だけど、お前は本当はひとりで立つことができるし、救いを求める誰かの手を掴んで引き上げることもできる。そういう力を持った人なんだ」
ミツキの言葉を僕は不思議な心地で聞いていた。一体誰のことを話しているのだろう。
──お前は、誰かを救う人間になる。
ふと、ユウの声が脳裏に浮かんだ。僕がこの四日間の契約を始めようと思う契機となった、あの記憶が蘇る。
サキを失い、全てを終わらせようとした僕に向けられた、預言めいた台詞。
ユウ。僕は本当に生きてよかったのだろうか。
「どんなアスカでもいいんだ。ただ、傍にいてほしいと思う。だけど、それは俺が決めることじゃない」
「僕にはミツキと一緒にいる権利がないよ」
「権利があるかどうかを決めるのは俺。わかった?」
ミツキの瞳が甘く煌めく。その真っ直ぐで凛とした眼差しに、僕はいつも心を掻き乱されてきた。
勢いに呑まれて、僕は小さく頷いてしまう。それを見てミツキは表情を緩めた。
僕たちは穏やかでもどかしい時間を過ごす。今この瞬間はもう二度と戻ってこない。
こうした時間を積み重ねることで、僕は止まってしまった時の流れに乗ることができるのだろうか。
冷めたトーストを食べ終わってから、ミツキはおもむろに切り出してきた。
「今日は大学へ行ってみないか。用があるんだ」
「大学に?」
その意味を図りかねて僕は訊き返す。今日は日曜日で、授業はないはずだった。
「そう。ついてきてくれるか」
本当に用事があるわけではないのだろう。そこに何が待っているのか、想像することが怖い。
サキやミツキと過ごした想い出のキャンパス。僕が最後に足を踏み入れたのは、病状が進んでいたサキに寄り添うために、休学願いを出したときだ。
それは、ミツキと友達のラインを超えてしまった日でもあった。
「……わかった。いいよ」
何かが待ち受けている。行かない方がいいのかもしれない。
それでも、僕はミツキの言葉に従うことしかできない。
この四日間は、もうすぐ終わりを告げる。
見えない何かにで緩慢に縛られた状態で、あのキャンパスを再び訪れる。そこで僕は何を知るのだろう。
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