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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 15
ゆっくりと瞼を開けて、僕は目の前にある光景を眺めるふりをした。
ここが走行中の車内でなければ、すぐ隣にいる人の肩にもたれ掛かりたいと思ったかもしれない。そんな自分の弱さを自覚してそっと溜息をつく。
「愛する人が傍にいようと、ただ一緒にいるだけでは幸せになれないんだ。俺はアスカに寄り添いながら、一緒にいろんなことを経験して成長したい」
それがミツキの本心なのだろう。だからこそ僕は戸惑っている。
どこへ行こうと、僕の魂はサキを失ったあの瞬間に取り残されたままだ。
視界に入る案内板を確認すると、この車は郊外へと向かっているのだとわかった。
行く先を告げられないまま、僕たちはこの旅の終焉を迎えようとしていた。
夕暮れ時が近づいている。
広大な駐車場に車を停めて、僕たちはドアを開ける。ぬるい風の感触に目を閉じて何度か深呼吸をした。
車から降りて助手席側まで回り込んできたミツキを見上げながら、僕は恐る恐る口を開く。
「ねえ、ミツキ。ここは」
辺り一帯は嫌な予感に包まれていた。郊外に位置するここへは来たことはない。けれど、交通手段が車しかなく、この駐車場がまさにその場所を来訪する人のために存在することは容易に想像ができた。
「ああ、そうだ」
躊躇する僕へと差し伸ばされる手に迷いはなかった。けれど僕にはその手を取る勇気がない。
「お前が会いたかった人の眠る場所だ、アスカ」
「……ミツキ」
死刑宣告のように告げられた言葉に、絞り出した声が震えているのがわかった。心の準備ができていない。何より、僕はここへ来ることをずっと恐れていた。
サキが亡くなったことを認めてしまうことになるから。
そうだ。僕はサキを失ったことを嘆きながらも、心のどこかでサキはまだこの世界のどこかにいると思い続けていた。
サキがいないというのは悪い夢で、目が醒めればあの穏やかな眼差しを向けて僕の隣で微笑んでくれている。
──酷く嫌な夢を見たんだね。
涙と汗で濡れた僕の身体を魂ごと抱きしめて、サキはそう慰めてくれる。
ああ、そんな幻想を夢見ることさえ僕にはもう赦されない。
「……大丈夫だ」
黙り込んで俯く僕にそんな言葉が投げかけられる。静かで落ち着いた声だった。
「お前はもう大丈夫だから」
「大丈夫なんかじゃない。ミツキ──いやだ」
素直な感情が唇からこぼれた。急速に寒気を感じて身体が小刻みに震え出す。両手で肩を抱きしめながら、僕は浅く速い呼吸を繰り返した。
「アスカ」
頭上から名前を呼ばれてそっとかぶりを振る。いくらミツキの頼みでも、それだけは無理だ。
これ以上、僕からサキを奪わないで。
「アスカ、おいで」
僕が反応するよりも早く、ミツキは僕の身体を包み込んだ。その温もりは思いのほか熱を持っていて、僕は深く息を吐く。
「ゆっくり呼吸して」
言われるままに目を閉じて幾度も深呼吸を繰り返す。髪に手が掛かり、皮膚の表面に滲んだ汗が少しずつ冷えていくのを感じた。
速まっていた鼓動が落ち着いてくる。ミツキの胸の中で、僕はじわりと正気を取り戻しつつあった。
「傍にいるから。あいつの代わりにはならないかもしれない。それでも、アスカが辛くなったときは俺がこうして傍にいたい」
訥々と言い聞かせるように耳元で響く声で、次第に心が鎮まっていく。
冷えた身体に別個の体温がじわりと沁み込んで、融けていくのがわかる。
「でも、まだ気持ちの整理がつかないんだ」
その理由は嘘だった。単に僕は決着をつけたくないだけだ。
「だけどいつかは受け容れなければいけない。アスカ、それはお前の義務だと思う」
「……義務?」
「そうだ。サキのことを、愛してたんだろう。お前は今まであいつの亡霊に囚われてきた。だから今ここで、お前があいつの死を認めるんだ。成仏させてやれよ」
じっと息を潜めて身動きせぬまま僕はミツキの声を聞いている。サキの死を認めて生きていくことが、本当に僕自身の罪を贖うことになるのだろうか。
「本当にサキを愛していたのかどうか、僕にはわからないんだ」
慎重に選びながら言葉を紡ぐと、ミツキが何かを言いたげに僕の身体を抱き直す。
「サキは僕ではなくルイを選んだ。だから僕は、サキにいなくなればいいと言った。サキはその言葉どおり、この世界からいなくなってしまった。これは僕の背負う罪だ。幾ら望んでも、赦しを請うことはできない。その相手はもういないから」
一筋の風が僕たちの傍らを吹き抜ける。
足元に視線を落とすと、西陽を反射するアスファルトに歪な形をしたひとつの影が長く伸びていた。
「病室の窓から身を投げる寸前、サキは僕に愛してると言ってキスをしたんだ。その瞬間、何もかもがわからなくなった。傍にいたときは、確かにサキのことを愛していると思っていた。けれど本当のところ、僕はサキを愛していなかったんだ。だから、死に追いやってしまった。どうすればこの罪を償えるのか、ずっとわからなかった。今もまだわかっていない」
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