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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 17

「久しぶりね」 彼女はそう言って大きな目で僕を見据える。物怖じすることのない態度は変わらない。それを素直に懐かしいと思った。 心臓が破裂しそうなほど大きな音を立てて鳴り響いている。僕は勇気を振り絞って顔を上げ、前を真っ直ぐに見る。 今までの僕は、いつか訪れるであろう悪夢のようなこの瞬間を幾度も想像し、その度に考えていた。 ルイと再会した途端、僕は地の底へと突き落とされて、この世界から消えてしまうのではないかと。 けれど、そんなことにはならなかった。僕たちはそれぞれが地に足を付けたまま、この時を迎えている。 目の前に立ちはだかる、三人。 その一人一人にゆっくりと視線を送る。 「……僕を、待ってくれてたんだね」 僕と同じ人を愛した姉。 「……ルイ」 その隣に寄り添う、かつての恋人の兄。 「ユウ」 そして──。 姉の腕に抱かれている、栗色の髪をした赤ん坊。 夕陽を映して煌めく鳶色の瞳は、好奇心を覗かせながら僕を見ていた。 サキが託した生命。 その小さな存在を、僕はまじまじと見つめる。白い繋ぎの服に身を包む、かわいらしい子だ。恐らく女の子なのだろう。 サキとルイの間に生まれた、僕にとっては堪え難い存在の子のはずだった。もしも会うことがあれば、取り乱してどうなってしまうかわからないと思っていた。けれどそれが現実として訪れた今、僕の心は自分でも驚くほどに凪いでいた。 小さく息を吸って、そっと吐く。 もうルイとは二度と会いたくない。そう思っていたのに、姉は僕の元へと迷いなく歩み寄ってくる。 何をも恐れることのない、確かな足取りで。 「やっと会えた」 息をつくようにそう言った後、ルイは目を細めて微笑んだ。 ルイがユウと繋がっていたことを、全く想像しなかったわけではない。ユウは僕と共に過ごす時間のどこかで、ルイに僕がどうしているかを知らせていたのかもしれない。その上で、二人は僕の好きにさせてくれていたのだ。 そうだったとすれば、ルイは会おうと思えばいつでも僕に会うことができたはずだ。けれどそうならなかったのは、僕が待たれていたからに過ぎない。 僕はミツキと繋いでいた手をいつしか離してしまっていた。この場所では、一人で立たなければならなかったから。 「……ごめんなさい」 久しぶりに会う姉を前にしてまず口からこぼれた第一声は、謝罪の言葉だった。向き合うべきものから逃げていたことに対して、僕には自責の念があった。 「どうして謝るの? 馬鹿ね」 姉は勝気な声でそう言って、僕を真っ直ぐに見つめる。僕はいつだって姉には敵わない。小さな頃から、ずっと。 小さくむずがるように、細い腕の中の赤ん坊が身動ぐ。ルイはその子の目を覗き込み、軽く揺すって抱き直した。赤ん坊が落ち着きを取り戻してその胸に顔を埋める。 少女の可憐さを残したまま、姉は母の優しさを手にしていた。 「飛鳥が受け容れられるようになるのを、私たちは待ってた。ただそれだけよ」 その背後から長い影がゆっくりと近づいてくる。伸びた髪がさらりと風に靡いた。 夕映えの色味を帯びた陽射しを浴びながら、麗しいその人は僕たちの元へと歩み寄る。 「……アスカ」 その低く響く優しい声に、涙が出そうになる。サキの命を奪い、自暴自棄になっていた僕を受け容れてくれた人。誰かを救うという仕事を僕に与えることで、生きる意味を教えようとしてくれた人だ。 天上の揺り籠から送り出し、誰かと共に過ごした四日間を終えて帰ってきた僕を迎えてくれる。そこでリセットされた僕は、再び別の誰かと過ごし、また帰ることができた。 全ては、ユウが僕のために用意してくれたものだった。 「ユウ……僕ね」 その名を口にした途端、胸がいっぱいになって言葉を区切る。僕の過ごしたこの四日間は、ユウの望んだものであっただろうか。 「この四日間で、サキと過ごした場所にたくさん行ったんだ」 何を言うべきかもわからないまま、僕はそう語りかける。きれいな光を湛えた双眸が、僕をじっと見つめていた。 僕がサキと行った場所をユウが知っている理由はただひとつ。 サキから話を聞いていたのだ。 「忘れていたいろんなことを想い出した。とても懐かしくて哀しくて、サキがすぐ隣にいるような錯覚を何度も覚えた。過去と現実の狭間で、僕はサキとの記憶を追いかけながらミツキとこの四日間を過ごしてきた」 淡々と、僕は自分の中から浮かぶ言葉を吐き出していく。

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