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the last act. Plastic Kiss side A 〜the 4th day 18
「けれど、どうしても思い出せないんだ。僕がサキのことをどう想っていたのか。サキを失ってから、僕はサキを愛していなかったんだと気づいた。その証拠に、サキのことを思い出すとき、僕はサキを愛していたという感情を思い出せない」
サキに纏わる記憶を反芻するとき、僕はいつも遠くの世界で起きている出来事を画面で観るかのようなイメージを思い描いていた。
あのときサキに対して抱いていた感情がどういったものだったかを、なぜか思い出すことができない。
「サキが僕を愛していなかったように、僕もサキを愛していなかった。それが答えなのかもしれない」
それは、サキがこの世界から姿を消した後、僕がずっと考えていたことだった。
愛していたという感情を思い出せないのではない。本当のところ、僕はサキを愛していると錯覚していたのだ。
サキを独占したいという思いも、病気で苦しむサキを支えたいという希望も、全ては僕のエゴに過ぎなかった。
生まれたばかりの個体が、最初に見た動くものを親と認識するのと同じだ。物心ついた頃から傍にいた幼馴染みに対する憧れを、僕は愛だと信じ込んでいた。
「サキはお前を愛していなかった」
ユウから鸚鵡返しにそう告げられて、言葉を失う。
そうだ、僕はサキに愛されていなかった。
「どうしてそんなことが言えるんだ、アスカ」
そう言ってユウは一歩僕に詰め寄った。後退りをしたくなるのを堪えて、僕はその場に踏みとどまる。
「……だって、サキは僕を選ばなかったから」
それは紛れもない事実で、真実だ。思い切って言い放った僕に、ユウは問い掛ける。
「本当に、そう思うか?」
謎掛けのように口にして、ユウはジーンズの後ろポケットから携帯電話を取り出した。それは、いつもユウが使っているものだ。
指先で画面を操作して、おもむろに僕の方へと向ける。その表示を見て、僕はすぐに気づいた。
何かのデータを再生しようとしていることに。
『……兄さん』
清らかな優しい声。懐かしい響きのそれは、間違いなくサキのものだった。
瞬時に、ぶわりと音を立てて記憶が螺旋状に蘇ってくる。
サキとの想い出が、走馬燈のように僕の中を駆け巡っていた。
「サキ!」
思わず大きな声で名前を呼ぶ。
これは、サキと僕のいるこの世界を繋ぐ唯一の手段。
幻であってもいい。サキと話をすることができれば、それだけでいいんだ。
「サキ、サキ! 僕は……」
言いたいことは溢れるほどにあった。けれど、僕の声を遮るように、サキは淡々と言葉を紡いでいく。
『病状が日毎に悪くなっているのがわかるんだ。もう左腕は上がらない。それだけじゃなくて、ここのところ右手も思うように動かなくなってきた』
思い浮かぶのは、サキと過ごした最後の日々。
サキの服用する薬の中に、精神安定剤や睡眠剤が含まれていることに僕は気づいていた。
時に苦悩の表情を浮かべながら、サキはルーティーンワークをこなすようにカラフルな錠剤を飲み続ける。いつしか鳶色の瞳が虚ろになる時間が増えていた。
『昨日できたことが、今日はできなくなっている。こんなことを繰り返しながら、身体中の筋肉は少しずつ機能を失っていくんだ。自分の身体だから、俺が一番よくわかる』
サキの声が、僕にはけっして詳細に話すことのなかった病状を語っていた。落ち着いた話し方だったけれど、諦めの境地にいることは感じ取れた。
しばらくの間が空いて、再びサキは話し始める。
『自分のことが自分でできなくなるときは、近いうちに来る。それも必ずだ。この先、もしかすると病気の進行が穏やかになるかもしれない。奇跡が起きて、俺が生きている間にこの病気に効く薬が開発されるかもしれない。その可能性はゼロじゃないと思う。けれど、そんな奇跡を待てるほど俺は強くないんだ』
──大丈夫だよ、サキ。
僕は何度サキにそう言ったかわからない。けれど、これほどまでに絶望に打ちひしがれるサキに、大丈夫だと言葉を掛けることはなんと残酷だったのだろうか。
『……飛鳥にこれ以上、こんな俺を見られたくないんだ』
どくんと心臓が一際大きな音を立てて鳴り響いた。サキの口から紡がれた僕の名前を、久しぶりに聞いたから。
ああ、だけど聞いてほしい。
サキ、僕は受け容れる覚悟を決めていたんだ。
サキの身体が動かなくなっても、その命の灯火が消えるまでは必ず傍にいると。
『兄さん。俺はね、飛鳥に希望を残したいと思った。だから、瑠衣にその願いを託した。瑠衣が妊娠したかもしれないと言うんだ』
僕の脳裏に一筋の光が走る。
ああ、これはきっとあの日だ。
サキが空へと飛び立った日。僕が病室へ行く前に、サキはユウとこの言葉を交わしていたのだ。
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