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after Cherry Kiss side A ※
天上に近いマンションのリビングから、真夜中の街を見下ろす。遠くでキラキラと輝くイルミネーションが本当に美しい。
「随分と執着されたもんだな」
ソファに座るユウに歩み寄ればそう揶揄されて、僕はちょっとたじろいでしまう。
「ここ。キスマーク、いっぱい付いてる」
首に掛かったユウの手を、唇を噛み締めながらそっと取り払う。
「店で会ったときは、そういうタイプには見えなかった」
からかうような口調だ。いつもより少し饒舌なのは、見た目より深酒をしているからかもしれない。
「浅井さんじゃないよ」
そう言ってしまってユウの顔を見ると、少し目を細めながらじっと僕を見つめていた。
「……息子、高校生だったな」
ユウはとても察しがいい。僕は小さく溜息をつく。
「僕の方が入れ込んでたんだ。すごくひたむきで、かわいくて。それに、あのぐらいのときの自分を見てるみたいで懐かしかった」
「その坊ちゃん、他の女じゃ満足できなくなるぞ」
「大丈夫だよ。僕のことなんて、きっとすぐに忘れてしまうから」
僕にもあんな時があった。真っ直ぐにサキだけを求めて、サキに求められて、それがすごく幸せだった時が。
バスルームへ行こうとリビングの扉に手をかけると、その傍で赤い光が点滅していることに気づく。メッセージの録音を示すランプだ。
「ユウ、これ……」
電話機に手を伸ばして、再生ボタンを押す。流れるのは、無機質な機械の声。
──新シイ録音ヲ、一件再生シマス。
『侑。もし飛鳥の居場所を知っているのなら、伝えて』
耳に届いた声に僕は息を呑む。それは、長く聞いていない母さんのものだった。
『いい加減戻ってきなさい。ちゃんと話がしたい。瑠衣もそう思ってるからって』
懐かしい声に混じって小さく聴こえるのは、赤ん坊の泣き声。
──ああ、なんて──なんて清らかで残酷な声。
甦るのは、夢の中で幾度聞いたかわからないサキの言葉。
『飛鳥、生きてくれ』
どうしてそんなことを言うんだ。僕には、サキの生命を繋ぐことができないのに。
「おい、アスカ!」
抱きとめられて初めて、僕は自分がふらついていたことを知る。身体の震えが止まらない。
「ユウ、ユウ……!」
必死に縋りつく僕を、ユウがしっかりと抱きしめてくれる。
「もし、僕が女の人だったら、サキは僕を選んでくれた?」
「アスカ。サキが選んだのはお前だ」
「だったら、どうして……!」
どうして、ルイを抱いたんだ。
涙を堪えきれずに俯く僕を、ユウは包み込むように抱きしめてくれる。この温かな腕の中で、全てを忘れたいと願う。
「ユウ、抱いて……」
「駄目だ、アスカ」
「何でもしてくれるって、言ったじゃないか」
顔を上げれば、鳶色の瞳が惑うように揺らめいている。身勝手な僕は、罪のないこの人を僕のいる奈落の底まで引き摺り落とす。
「何も考えたくないんだ……」
背伸びをして強引に口づければ、アルコールの香りが口の中に広がった。唇を離しながら、ユウが囁く。
「シャワー、浴びて来いよ。抱いてやるから」
「あぁッ、あ……ッ」
僕の中がユウで満たされていく。前戯もなしに挿入されて、身体の奥が悲鳴をあげる。
「結構呑んでるんだ。あまり手加減できそうにない」
「ごめんなさい……」
吐き捨てるように言われて謝れば、ユウは忌々しげに舌打ちした。
「お前は悪くない。悪いのは、サキだ」
違うよ、ユウ。悪いのは僕だ。
長い指が僕の首筋をなぞっていく。あちこちに付いた薔薇の花弁のような印は、愛された証。
あの子は、純粋な想いを伝えることにただ必死だった。煌めく宝石のようなあのひとときは、束の間でも確かに幸せだったんだ。
僕はこんな形でしか生きていることを感じられない。
「ちょっと我慢しろ、アスカ」
噛みつくようなキスが心地よかった。
「大丈夫……痛くても、いいから」
「いいか。余計なことは考えるな」
そう言ってユウは鳶色の瞳に僕を映す。その眼差しが僕に絡みつけば、最後の理性が奪われていく。
「は、ぁ……っ、ああ……ッ」
腰を強く打ち付けてくるユウにしがみついて、息を吐きながら痛みを逃そうとする。目を閉じて我慢しているうちに淫らな身体は快感だけを追うようになる。
やがて襲い来る強い快楽に全てを委ねて、僕は僕自身を手放していく。
何度も何度も貫かれながら、飛びそうな意識の中で愛しい人の名前を口走っていた。
声が枯れるほどに叫んでも、サキの元までは届かない。
"Cherry Kiss" end
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