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act.5 Caged Kiss 〜 the 2nd day 3
俺はなぜだかよく人に絡まれる。
思ったことがすぐ顔に出るからかもしれない。多分普通の人よりも因縁を付けられやすい。その理由も眼つきが気に入らないだとか、女みたいな顔だとか、意味のわからないものだ。
とにかく、小さな頃からそんな感じだった。でも、俺は体力がある方だし運動神経にもそれなりに恵まれていたから、そういう突発的なトラブルを回避するのがそこそこ得意だった。
忘れもしない、高校二年生の三月。春休み直前の頃のことだ。
学校帰りに街中を一人でぶらぶらしてた俺は、よその学校の生徒が集団であとをついてきていることに気づいた。
うちの制服を着てると余計に絡まれやすい。地元の高校の中では一番真面目な学校だから、いいカモと思われてるんだろう。
いつの間にか俺は、見るからに素行の悪い男四人に囲まれて、行く手を阻まれてた。
『そこ、通るんだけど』
そう言うと、一番エラそうにしてる坊主頭が口を開いた。
『じゃあ、とっとと財布出せよ』
高校生にもなって集団でカツアゲなんてガキっぽいことが堂々とできる神経に呆れてしまう。
おとなしく金を出す振りをしながら坊主頭が近づいたときに体当たりして、怯んだ隙をついて逃げればきっと何とか乗り切れる。
ズボンの後ろポケットに手を掛けて財布を取り出しそうとしたその時、風のように後ろから走ってきた誰かが坊主頭に勢いよくぶつかった。
でもそれはぶつかったんじゃなかった。駆け寄ってきて、一瞬で投げ飛ばしたんだ。俺も周りの奴も、何が起こったかわからなくて馬鹿みたいにポカンと口を開けてつっ立ってた。
大外刈り。
それが授業で習ったことのあるスタンダードな柔道技だと気づけないぐらい、一連の動きは速かった。
よく見れば、倒した相手が頭を打たないようにちゃんと腕を持ち上げてやってる。確かにあの勢いで地面に頭を打ち付けたら、タダじゃすまなかったはずだ。
坊主頭の腕を放してこっちを振り返ったそいつは、俺と変わらないような年の男だった。激しい技に見合わない、きれいな顔立ちだ。
その瞳が俺を射抜くように見た途端、なぜかドキリと心臓が高鳴る。見たことのある顔だった。
そうだ、確か。
『おい、何ボサッと突っ立ってんだ。バカ』
バカ扱いされてムッとする間もなく、俺はそいつに腕を掴まれた。そのまま、俺たちは猛ダッシュでその場から駆け出した。確かに警察を呼ばれたら大事になる。俺は引っ張られながら必死に走った。
街を駆け抜けて、景色はどんどん変わっていく。かなりの距離を走ってから、やがて後ろを振り返って、もう大丈夫だというところで顔を見合わせて足を止めた。
気持ちが妙に高揚してた。乱れた呼吸を整えながら、雑踏の中を一緒に歩き出す。腕を掴まれたままだと気づいて、恐る恐る声を掛けた。
『あの、もう大丈夫だし』
『ああ、悪い』
慌てたようにパッと手を離される。その顔は、散々走ったせいか赤くなっていた。
俺は改めてそいつをまじまじと見る。背が高くて、程よくガッチリした身体つき。整った精悍な顔にはやっぱり見覚えがあった。
こいつ、同じ学年の柔道部員だ。クラスの女子がよく騒いでる。柔道部の王子様って。
俺を見下ろすそいつは、軽く劣等感を覚えるぐらい背が高かった。
『……ありがとう』
一人でも切り抜けられると思ってた。だけど、こうして絡まれてるところを誰かに助けてもらったのは初めてで、すごく嬉しかった。
『同じ学校だから、ほっとけなかっただけだ』
別のクラスなのに、目立つ存在でもない俺を知ってることが意外だった。
『知らんふりしてもよかったのに』
そう言うと、無愛想な表情で俺を見下ろす。ぶっきらぼうなのは照れ隠しだったのかもしれない。
『それは、俺の理念に反するから」
お前の理念って何だよ。訊こうとしたけど、まあいいかと思った。
『お前、柔道部だろ。さっきの、すごかったな』
『あれは柔道じゃない、ただの喧嘩だ。武道を喧嘩に使うなんて、もってのほかだろう』
でも実際、使ってたのは柔道技だったわけで、俺はちょっと笑ってしまう。
『なんかお前、面白いな』
このきれいな顔で、柔道部に所属してて、硬派な性格で。そして、名前が確か……。
『俺、同じ二年の藍原陽向 。お前の名前は?』
そいつはなぜかちょっと躊躇いながら名前を口にした。
『……千住雄理 』
そうだ、そんな名前だった。女の子みたいな優しい響きの名前。
隣に並ぶ背の高い男を見上げる。俺を見る眼差しは妙に優しくて、思わずまじまじと見つめてしまう。
『おい、あんまり見るな』
そう言って横を向いた顔が、どんどん赤くなっていく。身体つきに似合わない照れ方が、ちょっとかわいいと思った。
『雄理』
その名を初めて口にする。柔らかい音の連なりが好きだと思った。
『どっか入ろっか。俺が奢るからさ』
今度は俺が雄理の腕を引いて、目に入ったファストフード店に引っ張り込んだ。
後でわかったことだけど、硬派な王子の好物はそのチェーン店のハンバーガーだった。だから、その店は俺たち二人の行きつけになっていく。
その日、雄理は俺の友達になった。
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