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act.5 Caged Kiss 〜 the 4th day 14
車の振動に心地よく揺られながら、俺はぼんやりと外をながめる。
午後十一時。都会の夜は眠ることがない。流れるイルミネーションのひとつひとつが人の営みの証だ。
俺はもう、この窓の外には出られないと思ってた。
不安はいっぱいある。でも、山積みの問題に立ち向かって足掻くことぐらいならきっとできる。もう一人じゃないから。
アスカの横顔をそっと見る。俺を捜し出してくれたのは雄理だけど、外に出るきっかけと勇気をくれたのは紛れもなくアスカだ。
なのに、アスカはまだ籠の中にいる。
「幸せになる権利がないなんて、そんなことないと思う」
俺の言葉に反応して、アスカはこっちに視線を流す。淋しそうな瞳の中に、前を走る車のテールランプが揺らめいてた。
「昼間俺に言ってただろ、アスカの知り合いの恋愛話。そいつに伝えろよ。後ろばっかり見ずに前を向いて、今目の前にいる人と向き合うことの方が大事だって。失うことが怖いなんて、そんなことを考えてたら何もできなくなると思う」
それを俺に教えてくれたのは、ほかでもないアスカだから。お前が幸せにならないと駄目なんだ。
「わかってるんだ。ただ、気持ちが全然ついていかない」
そう言って、アスカは作り込まれたきれいな微笑みを見せる。
「でも、ありがとう」
細い肩にのし掛かるものの重さは、俺には計り知れなかった。
アスカと一緒にアースカラーのマンションまで行って、部屋のインターホンを鳴らす。扉が開いて、妙に険しい顔をした雄理が出迎えてくれた。もうちょっと愛想良くできないんだろうか。
「遅かったな」
不機嫌そうだけど、心配してくれてたのかもしれない。そう思うと、申し訳なかった。
「ごめん」
短く謝れば、雄理がゆっくりと声を掛けてくれる。
「……おかえり、陽向」
その言葉がすごく嬉しかった。俺にも帰る場所ができたんだ。
「ただいま」
そのまま抱きつきたかったけど、アスカがいるから理性を必死に総動員させて我慢する。
雄理の隣に並んで、アスカと向かい合う。やっぱりその顔はすごくきれいだ。吸引力のある瞳が淋しげに揺れる。
「ありがとう、アスカ」
雄理が差し出した右手を、アスカは握りしめる。
「僕、ちゃんと料金分は働けたかな」
花がゆっくりと開花するかのような柔らかな笑みだった。
「本当に感謝してる」
雄理の言葉にアスカは満足気に頷いて、それから俺の方を向いた。ズボンのポケットから一枚の紙片を取り出して、俺に差し出す。手に取ってそれが名刺だとわかった。
「僕はヒナを助けてあげられないけど、この人ならきっと何とかしてくれる。僕の名前を出せばいいから、連絡を取ってみて」
「何言ってるんだよ。アスカは俺を救ってくれたじゃないか」
アスカの拘ってた四日間の意味が、もういい加減俺にもわかってた。アスカとは、四日間しか一緒にいられない。きっともう会うこともないんだろう。
「散々振り回されたけど、俺はお前のこと結構好きだったよ」
そう告白すれば、アスカは嬉しそうに笑う。
「僕も大好きだよ。さよなら、ヒナタ」
少し泣きそうな顔をしながら俺の名前を呼ぶから、堪らずにアスカを抱きしめる。
「本当にありがとう」
甘い香りが鼻を掠める。この四日間、毎日俺を包み込むように漂っていたアスカの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
アスカ。俺は籠からちゃんと出たよ。だからお前もいつか、その籠から出られるように。
「バイバイ、アスカ」
鼻腔に残るのは、熟れた果実にも似た花の匂い。
アスカの桜色をした唇に、そっと口づける。唇が触れるだけのキスは、やっぱり甘美な味がした。
午前0時。
俺を籠から出したアスカは、自分の籠へと還っていく。
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