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act.0 Sanctuary Kiss side A 〜 the 3rd day 7 ※

「アスカ」 低く響く声で名前を呼ばれて我に返る。美しい鳶色の瞳が、鼻先の距離で僕の顔を映していた。 「……ユウ」 ああ、そうだ。ここはユウの住むマンションだ。 サキはもう、この世界にいない。 生々しい白昼夢から現実に引き戻されて、僕の心はまだ彼方を彷徨っていた。身体が熱くて堪らないのは、夢の名残だろう。 「ごめん、大丈夫。シャワー、浴びてくるね」 火照る身体を持て余しながら立ち上がり、バスルームに辿り着く。服を脱いでしまえば、僕のものは既に熱をこもらせながら屹立していた。 扉を開けて、急いでシャワーを出す。勢いよく噴き出す冷たい水を頭から浴びてみるけど、幾ら身体が冷えても奥で疼く熱はおさまらない。 「……っ、は……ぁ」 崩れ落ちるように床に座り込んで、天井を仰ぐ。 最後にした、サキとのあのセックス。 僕はサキの熱を想い出しながら、後孔の周りに指を這わす。 「ん……っ」 そっと指を挿れていくと、その刺激に中がヒクつきながら吸いついてくる。奥まで咥え込めば、粘膜は次の刺激を求めて緩々とうねりだした。 「あ、あ……」 身体が欲するままに抽送を繰り返すうちに、ゾクゾクと快楽が中から全身に響くように広がっていく。 「ん、ふ……ぁっ」 奥の一番感じるところを擦る度に、甘い痺れが身体を駆け巡る。なのに、全然足りない。あのときの感覚に想いを馳せながら、僕は疼きの治まらない身体を淫らに慰めようとする。 ああ、もっと。 僕から何もかもを奪うほどに強い快楽が欲しい。 ──扉が開く音がした。 目を開ければ、服を着たままのユウが僕を見下ろしていた。その眼差しからは、感情が読み取れない。 「あ……」 急いで指を引き抜いたけれど遅かった。羞恥に俯く僕の顔を、ユウが屈みながら覗き込む。 衣服を纏う肩先にシャワーが掛かって、みるみる濡れそぼっていくと、美しい身体のラインがくっきりと浮き出て露わになった。 「続けろよ」 その低い声に、背筋が甘く痺れる。ユウは座り込んで、僕の身体を後ろから抱きしめた。 「アスカ、続きを」 耳元で囁かれて、身体が更に熱を帯びる。僕はその声に抗うことができない。背中を包み込むように抱かれて、手の震えを抑え込みながらまた中へと指を埋める。 そこは蠕動を繰り返しながら、待ち望んでいた異物を容易く飲み込んでいく。ゆっくりと動かしていけば、やがてシャワーの水音に別の濡れた音が混じりだした。 もっと、もっと欲しい。 奥をぐるりと大きく掻き混ぜると、一番気持ちのいいところに触れて唇からだらしのない声がこぼれた。 「あ、ん、あぁ……っ」 それでもまだ足りなかった。空いた左手を熱い昂ぶりに掛ける。そのまま扱いていけば、ふたつの場所から湧き起こる快楽が折り重なり強まって、腰が勝手に揺れてしまう。 「あぁ、ふ……ッ、あッ」 広いバスルームに、はしたない声が濡れた音と絡まり合いながら反響する。 すぐにでも果ててしまいそうなほどに感じているはずなのに、求めるところへは辿り着けなくて、もどかしさに涙が滲んでくる。背後から僕を抱きしめるユウの唇が、耳の下に押しあてられた。舌がゆっくりと首筋を這っていく。 無意識に僕はユウに身を預けて、与えられる緩やか過ぎる刺激に全ての神経を集中させていた。 身体が小刻みに震えるのは──抱いてもらえると、期待しているから。そんないやらしさを自覚しながら、目を閉じて俯く。 滑らかに首筋を辿る柔らかな舌の感触に、僕は何度も小さな声を漏らす。 けれど、いくら待ってもそこから先には進まない。 耳の中をねっとりと舐められて、熱が上がる直前のように背筋が震えて止まらない。 「ユウ……?」 もっと。もっと欲しいのに。 思い出すのは、昨夜ユウに激しく抱かれたあの記憶。そして、眠りに堕ちる直前に告げられた言葉。 『アスカ。俺が、俺の意志でお前を抱くのは、これが』 ──最後だ。 「ユウ……ッ」 抱いてほしい。どんなにひどくされてもいい。 何も考えられなくなるぐらい強い快楽で、この身体を満たしてほしい。そうすれば、きっと心なんてどうでもよくなるから。 ──そんなことを、言えるわけがなかった。 淫らな欲望を抱いてしまった自分の浅ましさをごまかすように、僕は自らに掛けた手を動かしていく。 「……っ、あぁ……」 涙が次々に溢れてくる。それが欲情のせいか絶望のせいかさえわからない。僕はユウに抱きしめられながら、たどたどしく快楽の階段を昇っていく。 頭の中で火花が散るような感覚がした。 「ああ、あっ、イく……ッ」 下肢が痙攣して、白濁が飛び散る。その動きに合わせるように、後孔が収縮して僕の指を強く締めつけた。 「は……っ、あ……ッ」 乱れた息を繰り返しながら、ユウにもたれ掛かる。そっと振り返れば、穏やかなキスで唇を塞がれた。それでも、ユウの心が僕の中に注ぎ込まれることはない。 理由もわからずにこぼれ落ちる涙は、降り注ぐ水に混じり流れていった。

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