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act.6 Platinum Kiss 〜 the 2nd day 3 ※
『……そうか』
そう口にするのがやっとだった。目線のやり場に困って俯く俺に、空は続ける。
『お客さんなんだけど、すごくいい人よ。一海のことも話してるの』
いつかこんな日が来ることはわかっていたはずだ。それなのに、愚かな俺は姉に恋人ができたという事実を受け入れることができない。
『それでね。その人が、マンションを買ってくれて』
驚いて顔を上げれば、空と視線が絡まった。甘く色気の滲んだ瞳が、俺を捕らえていた。
『一海と一緒にそこに住めばいいって』
『──空』
ようやく絞り出した声には、隠しようのない嫌悪感がありありと出てしまっていた。
男が女にマンションを買い与える。それがどういうことなのかもわからないほど俺は子どもではなかった。
『そいつとは住まないのか』
『酒井さんっていうの』
困惑した表情で言葉を被せてくる。名前などどうでもいい。俺はただ、その男が空をどうする気なのかを明確に知りたかった。
『酒井さんは今、別のところに住んでて、だから……』
濁された言葉の先を、俺は読んでしまう。
『つまらない男だな』
吐き捨てた言葉に空がビクリと肩を震わせた。胸の中に、どす黒いものが渦を巻いているのがわかった。
『長い間、奥さんとうまくいってないのよ。ちゃんと離婚が成立すれば私と結婚するから、少しの間だけ我慢してほしいって』
俺をじっと見つめながら、空は表情を曇らせる。
不倫男の常套文句だ。そんな出まかせを空は本気で信じているのだろうか。
下らない。その嘘つきな男も、そんな男に騙される空も、今俺が置かれているこの状況も、そして──。
『俺はこの家に残るよ。空だけそこに住めばいい』
『一海……』
わかっていた。一番下らないのは、それをどうすることもできない俺自身だ。
『……わかった。ごめんなさい』
消え入りそうな空の弱々しい声が、耳にこびりついて離れない。
短い同居生活が終わりを告げようとしていた。
もしもあの時、無理にでも引き止めていれば。
もしも空の言うとおりにして、一緒にこのマンションに住んでいれば。
俺は空を失わずに済んだのだろうか。
「ん、ん……ッ」
くぐもった艶っぽい声が水音に混じって下から響いてくる。
ソファに腰掛けた俺は、股間にある頭をゆっくりと撫でて柔らかな髪を梳きながら、快感を逃すために息を吐いていく。
アスカの口の中は、全てを持って行かれそうなぐらいに気持ちがいい。
濡れたリップ音が響く中、膨張した欲が解放を求めて下肢を圧迫していた。
「アスカ……」
息を詰めながら名を呼べば、アスカは俺のものを咥えたまま上目遣いでこちらを見た。その瞳がゆらりと燻るような笑みを滲ませる。
蠢く舌で吸い付くように愛撫されながら最奥まで唇で強く扱かれれば、それが限界だった。眩暈のような快楽が身体の中で繰り返し波打って外へと飛び出していく。
ようやく解き放たれた熱は、そのままアスカの口内へと勢いよく吸い込まれていった。
長い収縮が収まるまで、アスカは目を閉じてじっと待っていた。
乱れた呼吸を整えながら、掌で柔らかな髪を撫でて頬に触れる。
ゆっくりと瞼を開いたアスカは、その美しい瞳で俺をじっと見つめながら、俺に示すように欲の残骸をこくりと飲み下した。
「……気持ちよかった?」
そう口にしながら膝立ちになり、首に腕を絡ませてくる。アスカは穢れのない眼差しで甘やかに俺を射抜く。
「ああ……」
鼻先の距離で頷く俺に微笑みながら、そっと唇を押しつけてきた。鼻腔を掠めるのは、あの甘く香しい匂いだ。
濡れた柔らかい唇は、淫靡な味がした。
「あなたのためなら、僕は何でもできるよ」
唇を離して、アスカは忠誠を誓う。
その言葉が偽りでないことを、俺は本能で感じていた。
アスカはむしろ自身が傷つくことを望んでいる。希死念慮に近いものに囚われているのではないか。
俺が死ねと言えば悦んで生命を捨ててしまう。そんな気がしてならない。
「カズミさん、もう仕事に行かないといけない時間だよね」
そう言ってアスカはおもむろに立ち上がる。俺が家を出ると告げていた時刻が近づいてきていた。
「晩ごはんは作っておくね。カズミさんが帰ってくる頃には、僕はもう出掛けてるかもしれない。あの人のところへ」
その言葉を聞いた途端、昨夜あの男とアスカの交わしていた情事が、まるで見ていたかのように脳裏に浮かんできた。
美しくしなやかな肢体はぬかるんだ欲を丸ごと呑み込み、気づいたときには息もできないほど深いところへと沈めているのだろう。
「大丈夫だよ。うまくやってみせる。心配いらない」
俺が疑念を抱いているとでも思うのか、アスカはそう言って妖艶な笑みを見せた。
しなやかな両手が俺の右手を取り、細く白いその首元へと引き寄せる。
熱く脈打つ頸動脈が、指先に触れた。
「カズミさんは僕の一番大切な人だから」
それは、この四日間だけだ。
ならば今この喉を掻き切れば、アスカは永遠に俺のものになるのだろうか。
そんな馬鹿げた考えが、ふと頭をよぎる。
右手を喉から離し、首の後ろに回してきれいに整った顔を引き寄せる。普段は桜色をした艶やかな唇は、口淫の余韻で紅く熟れていた。
そのまま唇を重ねて舌を挿し込めば、アスカは小さく吐息を漏らしながらそれに応えて舌を絡めてくる。
アスカが俺に見せる忠誠心。
それは、破滅への強い願望に結びついているのかもしれない。
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