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act.6 Platinum Kiss 〜 the 3rd day 4
『使ったことはないけど、基本的な扱い方ならわかる。失敗しないためにも、銃の仕組みを知ることが大切だ』
そう言って幸也は拳銃を取り出し、手際良くシリンダーを開ける。弾は入っていなかった。
その所作が妙に手慣れていて、俺は実感してしまう。
ああ、こいつはもう堅気の人間じゃないんだ。
『難しいことは何もない。焦りさえしなければ、失敗することはないんだ。僕が教えるよ、一海』
一通り操作の仕方を教え込まれてから、ルームサービスで二人分の食事を頼んだ。
俺のグラスにワインを注ごうとする手を、そっと制する。
『車で来てるんだ。酒は飲めない』
『泊まっていけばいい』
俺の返事を待たずに幸也は瓶を傾けた。曇りひとつないクリスタルグラスが、ガーネット色に染まってていく。
『乾杯しよう』
その笑顔は妙に淋しげだった。グラスのあたる涼やかな音が部屋に響く。
気取ったフレンチを口に運んでいくものの、食べ慣れない味を堪能することができない。こういう繊細な料理が味気なく感じられるのは、ホームの家庭的な料理で育ったせいかもしれない。
幸也とこうして食事をするのは、これが最後のような気がした。
幸也は元々細身で、あまり食べる方ではない。でも、ちゃんと一人で食べられるようになった。
懐かしい想いで見つめる俺の視線を絡め取るように、幸也はこちらへと視線を流しながらおもむろに口を開いた。
『ホームに入った頃、すごく不安だったんだ。自分が親から見放されてあそこに入ることになったことはわかってた。それでもあの時の僕は、どれだけひどいことをされても家族と一緒にいたかったんだ。だから、実の親から引き離されて知らない人たちとの生活を強要されたことで、僕は生きること自体をひどく億劫に感じていた』
こうして幸也がホームの話をするのは随分久しぶりだった。再会してからの俺たちにとって、ホームの話は御法度であるかのように口にされることがなかったからだ。
『そんな僕を救ってくれたのが、空と一海だった』
──食って大きくなって、お前にそんなことをした奴を見返してやれるぐらい強くなれ。
まだガキだった俺は、幸也にそんな偉そうな言葉を投げ掛けた。今思えば全く無責任な物言いだと呆れてしまう。
それでもホームで共に過ごしていた頃、幸也は俺を慕ってくれていた。
『俺はお前に何もしてないよ』
それは本心だった。幸也がここまで生きてこれたのは、幸也自身に生きる力が備わっていたからだ。たとえその手段が世間一般で言えば決して褒められたものではないものだとしても。
『僕は確かに強くなったのかもしれない。組の若頭の愛人という立場は、あの人と出会った頃に僕が安易に想像していたものよりずっと強かった』
そう言って、幸也は少し肩を竦めた。
『僕に何かあれば、組の皆が落とし前をつけられる。ちょっとした粗相があれば指の一本ぐらい飛びかねない。だから皆が守ってくれるし、生活には全く困っていない。自由になるお金もそれなりにある』
幸也がどうしてそんな世界を選んだのか、俺は訊いたことがない。
その理由が強く生きるためだとすれば、それはなんとやるせない動機なのだろう。
『笠原さんは、僕に優しくしてくれる。この世界に身を置いているぐらいだから怖い面はあるけど、それでもいい人だと思う。どこの馬の骨とも知れない僕を拾って傍に置いてくれてることを、本当に感謝してる』
畳み掛けるようにそう言って、幸也は自嘲気味に笑う。
『でも、本当の自由はここにはない。今は笠原さんに囲われることで守られてるけど、いつか飽きられてしまったときにどうなるのかは僕自身にもわからない。言い方は悪いけど、僕が女の人なら子どもを産んで、子どもを盾に立ち回ることだってできる。でも、僕にはそれは無理だ。自分の身ひとつでやっていくしかないんだ』
幸也の話を聞きながら、俺はぼんやりと考える。
ホームに連れられてきたあの頃から、幸也は何も変わっていない。闇の中で息をしながら、こうして今も未来に怯えている。
沈黙の中で目を伏せた幸也は、子どもの頃と同じ不安げな顔をしていた。無理に押し殺した感情をわずかに漏らすかのように、小さな溜息をつく。
そして俯き加減だった顔を上げ、翳りの浮かぶ瞳を俺に向けて謝罪の言葉を口にした。
『悪かった。つまらない話をしたね』
何となく気づいていた。こんな話を俺にするぐらい、幸也が追い詰められていることに。
けれど、俺にはお前を救うことなんてできない。
何かを言わなければいけない気がして、俺は手にしていたフォークを置いた。
『幸也、金を用意してる。そんなに多くはないけど、受け取ってほしい』
俺の申し出に、幸也は露骨に眉根を顰めた。
『一海、僕はこの話を受けたときに言ったはずだ。お金はいらないと。他でもない一海の頼みだから、こうして用立てたんだ』
こちらに向けられた瞳は、小刻みに揺れている。
同じ施設で兄弟のように育った俺と、こうして金銭の絡む取引きをすることに抵抗があるのかもしれなかった。
『そんなわけにはいかない。それじゃあ俺の気が済まないんだ。これだけのものを準備するには、大きなリスクがあったはずだ』
窓の外に広がる闇の底には、光の粒が幾重にも折り重なり沈んでいる。
こんな濁った都会の空では、星がきれいに見えない。
『一海、お金はいい。その代わり、頼みがある』
潤んだ眼差しは、震えながらも必死に俺を捕らえようとする。
『抱いてほしい』
その唇からこぼれる言葉に、耳を疑った。
『……幸也』
『今夜だけでいいんだ』
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