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act.7 Angelic Kiss 〜 the 1st day 3 ※

何が、と訊くよりも先にきれいな顔が近づいてきて唇が重なる。 真綿のように柔らかな感触の心地よさに目を見開けば、濡れた舌が唇をこじ開けて入ってきた。舌先で滑らかに歯列をくすぐられ、その隙間からそっと舌を挿し込まれる。 吐息と共に遠慮がちに入ってきたそれは、けなげに俺を求めてくる。条件反射のようにその舌を絡め取って軽く吸い上げると、熱い吐息が流れ込んできた。 何度も角度を変えて唇を重ね直し、確かめ合うように舌を絡めていくうちに、不思議な昂揚感が湧き起こってくる。 「──ん、ん……」 時折鼻から抜ける小さな声を聞くだけで、下肢に熱が集まっていく。 さらりとした髪を撫でながらキスを交わしていると、急にハルカの舌がぬるりと引き抜かれて自らのあるべき場所へと戻っていく。それを追いかけて濡れた唇を割り開き、強引に舌を挿し込んだ。 触れ合う粘膜は境目が曖昧になるほど融けて、そこから新たな熱が生まれては増幅していく。俺はただ夢中になってその感覚を味わい尽くそうとする。 うっすらと開いて覗く魅惑の瞳に小さな光が揺らいでいるのが見えて、その瞬間俺は悟ってしまう。こうなることを、ハルカは最初から望んでいたんだ。 直に身体に触れたくて、服の裾に手を差し入れる。掌に吸い付く滑らかな肌の感触に、みるみる下肢が熱くなった。 「ハルカ……」 ようやく唇を離して名を呼べば、ハルカは美しい顔を綻ばせて艶やかに微笑んだ。 鼻腔に届くのは、俺が長く探し求めていたあの匂いだ。それに誘われるように、俺はハルカの服に手を掛けて丁寧に脱がせていく。 身に付けたものを全て取り払ったハルカの身体はきれいだった。ハルカを象る繊細な輪郭をなぞるように視線で辿りながら、俺は溜息をつく。 男にしては華奢な身体は、甘く香しい匂いを放ちながら淡く光を纏う。平らな胸に肉づきの薄い身体は、しなやかで美しい。視線を落としてその中心を見れば、男の象徴がしっかりとそそり勃っている。 紛れもなく、ハルカは男だ。なのに俺は、もう長い間感じたことがないぐらい強い欲情を覚えていた。 ハルカがうっとりとした瞳でこちらを見つめて俺の服の裾を軽く引っ張る。早く脱げということなんだろう。 「わかったよ」 苦笑しながら起き上がり、着ているものを残らず脱いでいく。 最後の一枚を取ってしまえば、もう完全に反応したものが窮屈なところから解放されるのを悦ぶように小さく弾んだ。 照明を点けっ放しの明るい部屋で、男二人が生まれたままの姿になっている。気恥ずかしさ、緊張感、膨らむ期待。何もかもがごちゃ混ぜになり、自分の中で処理し切れずについ笑ってしまった。 そんな俺を見て、ハルカは極上の微笑みを浮かべる。なんてきれいなんだろうと、心から思うった。 「部屋、暗くしようか」 そう尋ねる俺に、大きな目をしばたたかせる。そんな顔をすると、一気に子どもっぽく見えた。 妖艶にベッドに誘いながら、こうしてあどけない表情をする。万華鏡のような多面性を持つ、不思議な子だ。 「僕はどっちでもいいよ」 「じゃあ、このままで」 このきれいな姿が見えなくなるのはもったいない。ハルカは小さく頷いてから起き上がり、俺に甘い眼差しを向けて口を開く。 「ねえ、仰向けになって」 言われたとおりに寝転ぶと、ハルカは俺の上に跨って艶やかに微笑んだ。 「そういえば、名前……まだ聞いてなかったね」 ああ、本当だ。 名乗るのがこのタイミングだというのがおかしくて、俺は笑いながら口を開く。 「拓磨、だ。三崎拓磨」 ミサキ、タクマ。 俺の名を咀嚼するようにゆっくりと呟いてから、ハルカは身体を前に倒してくる。覆い被さられると互いの昂ぶりが触れ合って、一段と体温が上がっていく。まだ前戯さえ始まっていない段階で感じる気持ちよさに、軽く身震いする。一体どこまでいけるんだろう。想像すると、それだけでゾクゾクしてきた。 落ち着いた優しい声で、ハルカが俺の名を呼ぶ。 「タクマさん」 ──拓磨くん。 大好きで堪らなかった彼女の声が、耳元で聞こえた気がした。 よく似た顔で、同じ匂いを纏う目の前のハルカに、俺は彼女の面影を重ねる。 「タクマさん、好きだ」 鼻先の距離で今教えたばかりの名を呼んで、ハルカは夢見るように呪文を唱える。 これは、恋に堕ちる魔法の言葉だ。 「好き……」 その縋るような瞳に吸い込まれるまま、唇を重ねた。柔らかな唇に舌を挿し込んで、夢中になって弄っていく。 わかっていた。会って間もない好きという言葉なんてまるで中身のない薄っぺらなもので、ただこの場の雰囲気を盛り上げるための手段に過ぎない。 それでも俺は、まるで自分だけのかわいい恋人を手に入れたかのように舞い上がってしまっていた。 「……ん、……っ」 時折聞こえてくるのは、鼻から抜ける気持ちよさそうな声。それが堪らなくかわいくて、俺はまるで初めてキスを覚えたガキのようにがっついて唇を貪っていく。 濡れたリップ音が重なるうちに頭がぼんやりとしてきて、本当に夢の中にいるような心地がしてくる。 長いキスを終えて唇を離すその時に、ハルカは名残惜しそうに俺の下唇を小さく吸って微笑んだ。そんな仕草さえ愛おしくて仕方がない。 桜色の唇が耳元に寄せられて、吐息のくすぐったさに身を捩れば、耳朶をそっと咥えられる。

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