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act.7 Angelic Kiss 〜 the 1st day 8 ※
その刺激に喚起されて、いつの間にか止めていた抽送を探るように再開していく。
「ハルカ、好きだ」
唇を離して名前を呼ぶと、至近距離で視線が絡まる。その瞳に滲む淡い光は胸が痛くなるほどきれいだ。
ハルカをここに閉じ込めておくことができればいいのに。
そんなことを口にすれば、くだらない独占欲だと笑われるだろうか。
「タクマ、さん……」
切なげな顔で喘ぎ混じりに呼ばれて、心臓が一際大きな音を立てて跳ねた。ああ、お前はどこまで俺を翻弄する気なんだ。
「ハルカ、好きだよ」
さっきよりも大きく突き上げれば軽やかに身体が弾んで、桜色の唇から艶かしい声がこぼれ落ちる。
「あっ、ふ、……あぁッ」
「ハルカ」
何度も名前を呼びながら、湧き起こる快楽に促されるままに腰を打ち付けていく。そうして互いに高まり合っていけば、突然俺を包み込む内壁がうねりながら一層強く締まり始めた。
奥へ奥へと穿ちながら、無防備に曝け出された喉元に口づける。
「あ……ダメ、もう……っ、あ、ぁッ」
しっとりと濡れた身体をしならせて、ハルカが限界を訴える。ひときわ強く締めつけられて、その刺激に堪え切れず俺は下肢で廻っていた熱をその体内に吐き出した。
「──ああ、あ……っ、は……ぁ……ッ」
何度も何度も断続的に収縮するハルカの中は本当に気持ちよくて、ゆっくりと腰を打ちつけながら心地いい余韻に浸る。
腕の中の身体が次第に弛緩していく。くたりと力の抜けた上体を擦りつけるように、ハルカは俺の首に腕を絡ませて抱きついてきた。
荒く息をつきながら上下する背中を優しくさすってやれば、汗に濡れた滑らかな肌が掌に吸いつく。
「……タクマさん」
おもむろに顔を上げて、ハルカは煌めく瞳で俺を見つめる。
このままずっと繋がっていたい。離れたくない。
桜色の唇に口づけて舌を絡めれば、ハルカの中がやわやわと動いた。素直な反応がかわいくて、艶やかな髪に手をうずめて何度も撫で回す。
唇を離した途端、ハルカは微笑みながら俺に問い掛けてきた。
「僕をタクマさんの恋人にしてくれる?」
それは願ってもない申し出だった。俺は頷いて、ハルカのキラキラした瞳をしっかりと見つめ返す。
「勿論だ。ここにいればいいよ」
俺には何も見えていなかった。自分の置かれている状況の全てから闇雲に逃げてきて、ただ突然目の前に現れた美しい花に目が眩んでいた。
手を伸ばして、摘み取ろうとすることに夢中だったんだ。
「ハルカ……」
大好きだ。
愛おしくて堪らないきれいな恋人を前に、改めてそう告げようとした寸前、ハルカはゆっくりと口を開いた。
その唇から紡がれるのは、信じがたい言葉。
「ただし、今日から四日間だけ……ね?」
──四日間。
唖然とする俺の前で、淋しそうな微笑みが儚げに揺らめいていた。
俺には一歳のときに亡くした母親の記憶がある。
そう人に言ったところで、なかなか信じてはもらえない。
どこか無機質な白い空間。淡いピンク色の柔らかなパジャマ。折れそうなほど細い腕で優しく抱きしめられた、あの感触。
人間の記憶は、後から作られることがあるという。だから、もしかするとそれは母親の写真を見て俺が作り上げた偽りの思い出なのかもしれない。
けれど母親の身体から漂っていたあの匂いは、しっかりと憶えているんだ。
仄かな甘みを伴う柔らかな陽射しの匂いは、病に蝕まれているとは思えないぐらい優しく慈愛に満ちたものだった。
匂いには記憶を喚起する力が強いという。なぜか俺の大切な想い出には、常に匂いが伴う。だから俺は、人一倍嗅覚が敏感なのかもしれない。
母親が亡くなったとき、俺はまだ一歳半だった。親父は随分苦労をして、仕事をしながら幼い俺を育ててくれた。
親父が仕事に行っている間、俺は近くに住んでいた親父の実家に預けられていた。幼稚園の行事には休みを取ってフルで参加してくれたし、早く帰ってきたときや休日には、きちんと飯を作ってくれた。晴れた日にはよく親父の作った弁当を持って大きな公園に遊びに行ったことも憶えている。
俺が成人して仕事をするようになってからは特に、当時の親父は本当に頑張ってくれてたんだなと実感している。とてもじゃないが俺には真似できない。頭が下がる思いだ。
俺が幼稚園の年長の時だ。親父が突然、家に女の人を連れてきた。
大切な人なのだと、端的に説明してくれた。親父よりも少し若く見える。とても穏やかな眼差しと温かな雰囲気を持つ、美しい人だ。
親父は三十八歳だった。まだ男盛りだったし、幼い俺に母親が必要だという気持ちもあったのかもしれない。
彼女の名は、那谷佐知子といった。ナタニという名字の響きが妙に印象的だった。
もっと若く見えたけれど、親父より五歳上だという。落ち着いて見えるのはその年齢のせいだったのかもしれない。
彼女は春の陽射しのように明るくて優しい人だった。初めの頃は戸惑っていた俺も、その気さくな人柄に触れるうちにどんどん打ち解けて、季節が変わる頃には親父よりも彼女に懐いていた。
俺が色々な遊びを教えてくれる優しい大人の女に弱いのは、この頃からだったんだろう。
聞くところによれば、彼女は保育士をしているんだという。だからだろうが、子どもの扱いには随分慣れていた。俺は彼女と一緒に工作をし、手遊びを習い、公園で砂の城を作り、いろんな虫を捕まえた。俺の良き遊び相手だった彼女は、大切な場面では俺を子ども扱いすることなく、対等に接してきちんと向き合ってくれた。
だから、あの日のことは今でもよく憶えている。
『拓磨くん』
先程彼女に読んでもらった絵本を真似して画用紙に絵を描いていたら、不意に真剣な声で名前を呼ばれた。
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