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act.7 Angelic Kiss 〜 the 1st day 11

今のままでも、本当に色っぽいんだけどね。 さっきまでこの腕の中にあった華奢な身体の感触を思い浮かべながら念を押すようにそう言えば、ハルカはこくりと素直に頷いた。 ハルカの作ってくれた食事をとり終えて皿を片付けようと立ち上がったその時、電話の着信を示す素っ気ない電子音が鳴り響いた。 リビングのローテーブルに放りっぱなしだった携帯電話を手に取れば、ディスプレイには山川大知の名前が映しだされている。 数秒迷ってから、俺は仕方なく通話の表示に指先で触れた。 「……もしもし」 『わっ、三崎さん! よかったあ。また出てくれないんじゃないかと思ってました』 弾んだ大きな声が耳元で響く。相変わらず底なしに元気だな。呆れる反面、妙に懐かしく感じられる。 会わなくなってから、まだほんの二週間ほどしか経っていないのに。 かつて職場でペアを組んでいた、一番身近な後輩だ。 鍛え上げられた大きな身体で、いつも犬みたいにじゃれてきた山川の能天気な笑顔が頭に思い浮かんだ。 「何の用だよ。何もなかったら切るぞ」 『駄目です、待って! 三崎さん、お願いだから』 必死に引き止めようとするその声に、つい耳を傾けてしまう。どうしてそこまで一生懸命になれるのかが不思議で仕方ない。 俺にはそこまでされる価値なんてないんだ。こんなにいい加減で駄目な人間なんだから。 「山川。俺はもうそこを辞めて、部外者なんだ。俺みたいな人間には関わらない方がいい。お前の身のためだよ」 一身上の都合。 万年筆で辞表に書いた退職理由を思い出して、俺は軽く自嘲する。 確かにそうだ。これは一身上の都合以外の何物でもない。 『ねえ。三崎さん、それなんですけど』 聞こえてくるのは、まるでそれを言うために掛けてきたと言わんばかりに嬉しそうな声だ。途轍もなく嫌な予感がした。 『三崎さんの辞表ね、まだ上には通ってないんですよ。(ハゼ)班長のところで止まってる』 ──何てこった。 いつも無愛想でぶっきらぼうな直属の上司。何とも言えない厳つい顔と鋭い目つきを思い出して、溜息をつく。 あの頑固親父め。辞めたいなら勝手にしろ、なんて言ってたじゃないか。いつも俺には厳しい態度だったのに、なんで肝心なときに余計なことをするんだ。 苦々しく思いながら、俺はざわざわと騒ぎ出す胸の内を落ち着かせようとソファに腰を落とした。 『三崎さんは今、年休扱いになってます。長い休みもたまにはいいですよね。俺らの仕事なんて、休みがあってないようなもんだから。最近の三崎さん、働き過ぎだったしちょうどいいんじゃないかな』 へらへらとした明るい口調で畳み掛けるようにそう言って笑う。 ほんの少し、気まずい沈黙が続いた。山川にはまるで似つかわしくない間の後に、小さく息を吸う音がした。 『だから……気持ちが落ち着いたら、ちゃんと戻ってきて下さい。皆、三崎さんのことを待ってます。誰よりも、俺が』 落ち着いたトーンの、真面目な声。どれだけ上司に叱られようと、仕事がうまくいかずに周りの皆が焦っていようと、こいつはいつも明るくて大らかだった。山川にこんなことを言わせるなんて、俺も焼きが回ってる。 「悪いな。切るぞ」 『あ、三崎さ──』 耳から離した携帯電話のディスプレイを指で操作すれば、そこで声は途切れる。 何とか引きとめたいというあいつの気持ちは、痛いほど伝わってきた。俺だってけっしてあいつが嫌なわけじゃない。 でも、もう無理なんだ。 後ろ髪を引かれる思いで強引に通話を絶ったにもかかわらず、あいつが掛け直してくることはなかった。これ以上俺を説得しても意味がないことをわかっている。だから、踏み込むことを我慢してるんだろう。それは全く的確な判断で、いい後輩だと思った。 「タクマさん、いいの?」 さっきからキッチンで食器を洗いながら黙って会話を聞いていたハルカが、そう訊いてくる。 「ああ、いいんだ」 そう告げて、俺は心配そうな顔を向けるハルカに笑いかけた。 「片付けたら、こっちにおいで」 胸の内のわだかまりを、全部吐き出してしまいたかった。 「タクマさん」 耳元で響く声が俺の名を奏でる。落ち着いた心地いい音域だ。 「何してるの?」 「何って……」 腕の中の身体はほっこりと温かい。女のような柔らかさはないけれど、しなやかに張った筋肉は手触りがよかった。 布越しに背中をそっとさすり上げながら、俺はふと気づく。ハルカは見た目は華奢な方だと思う。でも、案外筋力はあるんじゃないか。 男の身体にこんなふうに触れるのは初めてで、けれどもっとこうしていたいと思うのはかわいいハルカだからに他ならない。 「見てわかんない? ハルカに甘えてんの」 さらさらとした前髪に唇をあててそう言えば、くすぐったそうに小さく声を出して笑う。 「だって、重くない?」 ソファに仰向けに寝転がった状態で、向かい合わせに抱き合いながら、俺はハルカの重みを全身で感じていた。 ドクドクとどちらのものとも知れない鼓動が伝わり合い、呼吸する度に互いの胸が動くのが感じられる。 「軽過ぎるぐらいだね。もっと太っても抱えられると思う。俺、体力にはわりと自信あるから。お前と比べればもうオッサンだけどね」 髪を梳きながらそう言えば、上にのしかかる身体の力がふわりと抜けて、さっきよりも体重が掛かる。 気を遣ってたんだな。変に遠慮がちなところも愛おしかった。 「タクマさんって、不思議な人だね」

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