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「元気そうだな」
そう言って意地悪に笑う貴文に、俺は隠さず顔を歪めた。
「お前ってほんとに昔から嫌なやつだよな」
「そんな俺と大親友なくせに?」
「滅多に会いに来ないくせに何が親友だよ。幼馴染ってことすら忘れそうだ」
「お前の旦那が許可してくれれば、俺だってもっと会いに来れるんだけどな」
「許可? そんなの必要ないだろ、いつでも会いに来たらいい」
本気でもっと頻繁に遊びに来て欲しい。
唇を突き出して不貞腐れる俺に、普段から強気で意地悪な貴文が珍しく眉を下げて苦笑した。
「知らないってのは怖いことだな」
「何がだよ」
「さあ?」
貴文が笑いながら出された紅茶に手を伸ばす。あまりにやることがなく暇で、俺が自分で作った紅茶だ。
「結婚して半年、お前も明日で二十歳か」
「……最低の半年間だったよ」
例え政略結婚であったとしても、互いの時間を共有していけば多少なり情が湧いたりして、既婚者としてそれなりの生活を送るのだと思っていた。だがそんな想像は、新婚初夜にすでに切って捨てられている。
『何もしなくていい』
ただその一言だけを俺に投げつけ、旦那になったはずの男は背を向け隣の部屋に消えていった。その日から今日までずっと、俺たちは夫婦になったにもかかわらず別々の部屋で眠っている。
「さっきの庭でのアイツら、見た? まるで恋人同士だった」
何が『二十歳のお祝いパーティーをしよう』だ。そんな話すら本人からではなく、使用人の冷たい声から聞かされた俺の気持ちは? 俺との誕生日を餌に、意中の相手を呼んで堂々とイチャつく姿を見せられる俺の立場は?
片恋が原因で花を吐き出す病を患った夫を持つ俺って、一体なんなんだろう。
「俺たちなんて、キスどころか手すら繋いだことが無いんだぜ。会話だってほとんどない」
忙しい彼と共有する時間といえば、朝食の時だけ。その時間だって男の目は俺を見たりしないし、食べる以外に口を開くこともあまりない。
「俺では詩央の代わりどころか、性欲処理の道具にもならんのだと」
「昌樹……」
嫌味くらい言いたくもなる。
パーティだって当日に来れば良いだけなのに、なぜか前日からやってきた彼らをお泊まりまで許可してお持てなし。
俺の記念日だぜ? それなのに、旦那ときたら自分の妻はほったらかしで天使に愛された幼馴染につきっきり。いくら詩央に想いを寄せているにしても、あからさまにやりすぎだ。
「俺、そろそろ限界だわ」
大きく溜息をついた俺の肩に、貴文が手を置いた時だった。
───コンコン
『奥様、お夕食の準備が整いました』
温かみの無い使用人の声に呼ばれ、「奥様だってさ」と互いの視線を合わせ笑う。
「腹減ったし、行くか」
「そうだな」
いつもはシンと静まり返った食卓も、今夜は貴文が居てくれるからまだマシだ。
例え目の前で旦那と幼馴染が仲睦まじく寄り添っていても、貴文が居れば耐えられるかもしれない。
重い腰を上げて自室から出れば、俺たちを待ち構えていた使用人が頭を下げて歩き出した。その後ろについて行こうとして、しかし足が止まる。
「ッ、」
冷たい視線を俺に向ける旦那───阿須間澄人がそこに立っていた。
「あ、っと……」
貴文が彼に何か言おうとすると、その冷たい眼差しをゆっくりと曲げて笑う。
「すまないが、貴文くんは先に行っていてくれるかな。私たちも直ぐに向かうから」
有無を言わせぬ空気を纏う彼から、視線を外し俺を見た貴文に頷いて見せる。心配そうに眉を下げたものの、ではお先にと歩き出しやがて姿を消した。
しっかりと俺の方に向き直った阿須間が、俺に冷たいままの視線を投げてよこした。
「いかがなものかと思うが」
「……何が、ですか」
急にそんなことを言われても、なんの話だかさっぱり分からない。眉を顰める俺に、彼は先程よりも更に冷たく凍えるような眼差しを俺に突き刺した。
「既婚者が、自室に未婚男性を連れ込むことだ」
「なっ!?」
貴文は幼馴染なのに、連れ込むだなんてあまりの言い草だ。
「貴文は幼馴染で友達です、俺たちの間にやましいことなんて一つもない」
「それでも、疑われぬよう扉くらい開けておくべきだ」
聞き耳を立てている使用人たちに会話が丸聞こえになっても、部屋の扉を開放して友人と話をしろと? 不貞を疑われないように? ……言われて頭の中で何かがブチりと切れる。
数時間前に庭で見た、この男と詩央の寄り添う姿を思い出した。自分には一切向けられることのない笑顔を、詩央に向けていた阿須間。
「なるほど、明るい陽の下でなら堂々とイチャついても良いんでしたね。貴方を見習って、今度から俺もそうします!」
思いきり睨みつければ、整いすぎた無表情が少しだけ驚いたように崩れた。
「苦しいのが自分だけだなんて思うなよ」
「なにを言って……」
阿須間がまだ何か言おうとしていたが、もう何も聞きたくなくて彼に背を向ける。が、
「待ってくれ、君は何を……ゴホッ、ゲホッ!」
激しくむせるその音に思わず振り返ると、彼が苦しげに膝をつきうずくまっていた。
「ちょ、おい……大丈夫かよ!」
「触るなッ!」
思わず伸ばした手は、痛みを伴う強さで振り払われた。
激しく咳き込むたびに、ぽとぽとと口元を押さえた彼の指の隙間から花が落ちる。漸く咳がおさまった頃、阿須間は溢れ落ちたその花を、ゆっくりと大切そうに長く綺麗な指で拾い上げた。
「君は……君だけは、絶対に触らないでくれ」
祈るように呟かれたその言葉は、俺の心を大きく引き裂き傷つけた。
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