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探偵と刑事と知れぬ男・二△

 で、当然と言おうか、それはゲイポルノだった。  サラリーマンの若い男が駅のトイレで、三人の男に周りを囲まれ、四人目の男の逞しい牡を口に咥えている。口淫させている男は逞しい体格で、サラリーマンの頭を抱え、前後に動かして、イラマチオさせていた。サラリーマンはスーツ姿で、手首を後ろで縛られている。その口から「んぶっ」という苦しそうな声と、じゅぽじゅぽいう下品な音が漏れていた。彼の背後では、男たちがそれぞれ剥きだしにした怒張を手で扱いている最中だった。  サラリーマンの男は眉間に苦悶の皺を寄せて、しかし鼻水を光らせながらうっとりと口淫に没頭している。  こんなの演技だ。おれはそう思いながらも、画面に釘づけになっていた。  ふいにシリルが言った。 「切なそうな顔してるね」  おれは思わずぎくっとした。振り返ると、シリルがまじまじとこっちを見ている。 「というか、すごくいやらしくて切なそうな顔」  そして、おれの耳元でささやいた。 「こういうのが好きなんだ? エドさん、じつはマゾなの?」  シリルの手が腿を這う。息が耳に当たる。おれは「ちがう」と小さな声で言った。 「ち、ちがう……」 「ほんと? こういうのは?」  シリルに抱き寄せられ、おれは彼の膝の上に腹ばいになっていた。その手がおれの尻を叩いた。 「ひっ……」  思わず声が出る。目の奥がくらくらして、ちんこがきゅんとした。だめだ、おれ、ケツを叩かれるとだめになるんだ。Mのスイッチが入ってしまう。  シリルは容赦なく、おれのケツを強くぱしんぱしんと叩いた。服の上からだけど、手の熱と衝撃と痛みが伝わる。だめだ……!  もっと叩いて、いじめて……!  そう口走りそうになり、唇をぎゅっと噛んだ。耳に血がのぼって、胸が苦しい。おれはドMだと思うと、羞恥に襲われる。でも恥ずかしくてたまらないのに、激しく興奮していた。おれはケツを掲げて、シリルがぶつのに合わせていつのまにか股間を彼の腿に擦りつけていた。 「ギンギンじゃん、エドさん」  彼が笑っている。おれは恥ずかしくてたまらず、思わず涙を流していた。シリルが耳を噛んでくる。それでも腰が止まらず、彼の太腿でオナニーを続けた。  だめだ、おれ、我慢するって決めてたのに……!  情けなさと自己嫌悪と欲情でぐちゃぐちゃになっていたが、最も大きく深くおれを支配していたのは欲情だった。自分ではどうすることもできず、おれは性欲に引きずられて沼の中に沈んでいった。 「気持ちよさそうだね」  シリルがささやき、急におれの下から抜け出た。いつのまにかバックにいて、後ろからおれのベルトを外している。かちゃかちゃいう音と、おれたちの上擦った息遣いが、AVの淫らな喘ぎ声をバックに響いていた。  彼はおれのスーツのズボンに手を掛けると、ボタンを外し、ジッパーを下ろした。そのとき彼の手が当たって、おれは身悶えた。触ってほしい、今すぐここを、いやらしく。  シドのことはこれっぽちも思いださなかった。  シリルはズボンごとおれの下着を脱がせた。 「うわ、エドさん、下着ぬるぬる」  背後からつぶやきが聞こえて、おれは全身真っ赤になる。恥ずかしくてたまらない。でも、激しくそのせいで興奮していた。  シリルはなにやらごそごそしていたが、突然おれの太腿を閉じさせて、そこにローションをぬりたくりだした。なにをするのかそのときわかった。素股ってやつだ。そのとき、おれは……こんなこと、考えるのも嫌だけど、でも……。  ぶちこんでほしいと思っていた。  やや荒っぽくローションを塗ると、シリルはさっそくおれの腿のあいだに勃起したちんこを突っ込んできた。その熱、硬さ、太さにおれの脳みそはスパークし、体は汚い粘液になった。しゅこしゅこと音を立てて怒張が出入りする。それから、シリルの玉が当たるリズミカルな音。彼のちんこがおれの袋に当たって、ぞわぞわするような気持ちよさが駆け抜ける。おれはとろとろカウパーを垂らし、高く掲げたケツを揺らしていた。 「エドさんの中、最高……っ」  シリルは低い声でうめきながら、ケツを容赦なく叩き、その手を前にまわしておれのちんこをつかんだ。 「っあ……!」  声が出て、おれはソファに顔を埋める。まだネクタイもしたままで、垂れたそれが口に入った。  強弱をつけて、ちんこを扱かれる。シリルの手は熱くて、巧かったけど、おれの執着するポイントは逃していた。おれはソファに顔を埋めたまま、ケツを揺らして「シリルっ」と呼んだ。 「そこ、下、そこっ、も、もっと……っ」 「ここ?」  シリルの指がそこをぐりぐりと押さえる。おれはびくびく跳ねて、玉がきゅんとなったのを感じた。 「あ、っあ、そこ……ぉっ」  マスターしたらしく、シリルはそこを重点的に責めてくれる。おれは彼のモノを締めつけながら、快楽と共に、ケツの奥が虚しく締まるのを感じた。  入れてほしい。ぶちこんでって、言おうか……。  でも、だめだ。せめて、せめてそれだけは。おれはなけなしの理性にすがりついて、唇を噛んでいた。でも、素股中に偶然入ったら? AVではよくあるじゃないか、そういうの……でも、やっぱり、だ、だめだ……!  シリルが出入りする太腿のあいだが熱い。それに、ぬるぬるしてる。おれは彼に勃起したちんこを扱かれながら、全身で快楽を味わっていた。  やがてテレビの中で男たちが第一のフィニッシュを迎えたころ、おれとシリルも吐き出していた。正確にはおれが先に射精して、シリルはおれが出したあとも、しばらく腰を動かしていた。彼が出したのはおれがイって三分くらい経ってから。シリルの出したザーメンがおれのちんこに掛かった。  シリルが出すまで、おれはソファに伸びて、ケツだけは持ち上げて彼に貸してる体勢だった。待ってるあいだはきつかった。欲情から醒めると、一気に罪悪感と抑鬱感に襲われる。おれ、なんてことをしてしまったんだ。またシドを裏切ってしまった。ごめんなさい。死にたい。  顔をソファに押しつけて、涙がにじむ。テレビでは第二弾がはじまり、流れてくる喘ぎ声もますますおれを苦しめた。  シリルは出してしまうと、けろりとして「シャワー使う?」と言った。  太腿も股間もぬるぬるだったし、ワイシャツの下も汗でぐっしょりだった。でも、おれは早く帰りたかった。少しでも長くいると、もう戻れなくなる気がして怖かった。 「帰るよ」  おれはそう言って、渡されたティッシュで汚れを拭くと、足首まで下ろされた下着とズボンを履き直した。 「これで最後なんだよね?」  こちらを見上げ、らんらんと輝く目のシリルが言った。おれはうなずく。 「エドさん、あなたは最高だよ」  シリルはそう言って、おれにスーツのジャケットを着せた。 ○  地下鉄に乗って、シドと暮らしているストランドの自宅に帰るあいだ、シートに座るとケツがじんじんした。シリルは相当強く叩いたらしい。そして、じんじんすることにすらまた少し感じそうになっている自分に、救いようがないと暗い気持ちになった。  家に帰ると速攻で風呂に入った。ワイシャツは、前の裾の部分にシミができていたので石鹸で擦って洗濯機に入れた。なにか食べなきゃとは思うけど、食欲が出ない。  しばらく居間のソファに座って放心していたら、スマホが振動した。  見てみると、夫のシドからだった。おれはしばらく固まったあと、電話に出た。 「もしもし? 仕事お疲れさま」  夫の優しい声に、涙がにじむ。おれはスマホをぎゅっと握りしめ、「ありがとうございます」と言った。 「きみから電話があるかと思って待ってたんだが、なかったからぼくから電話した。忙しいんだな。もう家?」 「さっき帰ってきました」 「そうか」  夫の低く落ち着いた声が耳に流れ込んでくる。  おれ、いまこの声で妊娠したい。なぜかそんなばかなことを思った。 「あなたは、今日はなにをしてたんですか?」  おれが尋ねると、彼はくすっと笑った。 「今日もミスター・カークランドの職場に言って、話を聞いたよ。それから、むかし依頼を受けたおばあさんとお茶をした(シドは私立探偵だ)。それで、おかしかったんだよ。彼女がね、友達の家に化け猫が出るっていうんだけど……」  おれたちはそれからしばらく、どうでもいい話をして過ごした。おれは煙草を吸っていた。煙草を吸うと、少し心が落ち着いてきた。シドの優しい穏やかな声は、おれに安らぎと痛みを同時に与えた。 「疲れているから、もう休んだほうがいいよ」  会話のあと、おれを気遣ってそう言ってくれたシドは電話を切り際、こうつけ足した。 「今夜は、いい?」  シドが出張に行ってから、おれは毎晩彼の声を聞きながら自分で自分を慰めていた。おれはうなずいた。 「今夜は、大丈夫です」 「わかった」シドはそう言って、もうひとつつけ加えた。 「あさってには帰れそうだ。おみやげ、なにがいい?」 「あなたに任せます」おれは笑みを浮かべた。 「あなたさえ無事に帰ってきてくれたら、なにもいりません」  ありがとう、と笑って、シドは電話を切った。おれはソファに寝そべって、シドの声を思いだしていた。  シリルはおれと再会する前にすでに、おれがヤードに勤める刑事だって知っていた。それでも、自分から連絡してはこなかった。  忘れるつもりだったのだろうか。悪い人間なのか、いい人間なのか、それともその両方なのか。  彼はどんな人間なんだろう、とおれは考えていた。 ○  シドが出張から帰ってきてから一か月ほど経ったころ、おれたちはそろって、テレビで中継されたあるショーを観た。それはリージェントストリートの巨大商業施設、クリスタル・パレスで行われたチャリティーのファッションショーで、一流ブランドや有名ブランドが華やかにランウェイを賑わせていた。  おれは姿勢よく、威風堂々と歩くモデルたちの中にシリルの姿を見つけた。彼はシックなグレーのジャケットと細身のパンツを身につけ、整った顔に微笑みを浮かべて、ランウェイを皇子のように優雅に歩いていた。  おれは彼の姿をじっと見つめた。

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