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探偵と刑事と知れぬ男・一

※注意※ 今回は、探偵×刑事前提のモブ×刑事です。 (以前書いた「けんか」に登場したモデルの青年が今回のお相手です) 苦手な方はご注意ください。むりやり要素はありません。 ※「けんか」を読まなくても、こちらの「知れぬ男」はお読みいただけます。 「エドさん? エドさんじゃないの?」  突然道の向こうから声をかけられて、びっくりした。見ると、若い男がこちらにむかって駆け寄ってくるところだった。 「やっぱりエドさんだ。覚えてる? おれ、シリル」  そう言っておれを見た顔に、ぎくっとした。男はわざわざかぶっていたニット帽を脱ぎ、見事なブロンドを見せた。それに、その顔。はっとするほどハンサムな顔と名前は記憶に残っている。  おれは思わず後ずさりしていた。  シリルはちらっとおれの背後を見て、目を輝かせた。 「へえ、スコットランドヤード(ロンドン警視庁)? ここで働いてるの? 事務員? それとももしかして、警察官とか?」  まずい。おれは思わずシリルの腕を取っていた。 「いいだろ、そんなこと。あっちでコーヒーでも飲もう」 「コーヒーより酒がいいけどな。もう夜の八時だし。でも、ラッキー」  シリルの緑の目が街灯の下できらりと光った。 「エドさんにまた会えるなんて」  おれは無言で彼を引っぱっていった。一刻も早くここから離れたかった。だってヤードはおれの職場で、おれは刑事だから。そして、シリルと会っているところを見られてはならない場所だから。  おれとシリルは、いわゆる「ゆきずりの関係」というやつだった(言い方が古風だな)。おれが同性の結婚相手、シド(シドニー・C・ハイド)とけんかした夜、パブでやけ酒を飲んでいたときに声をかけてきた男。それがシリル。おれは自暴自棄になってついていって、彼のフラットでフェラをしてしまった。おれもシリルの手でヌいて、でもそれ以上に進む前に逃げてきたんだ。  それ以降、シリルには会っていなかった。おれが彼に告げたのは自分の名前が「エド」だということ(本名はエドワード・ウィルクスだ)、地味な仕事をしているということだけ。  夫のシドは彼のことをなにも知らない。  夫がいるのに流されてフェラしてしまったこともまずいし、おれが警察官だってことも、ばれたらさらにまずい。  それが、こんなところで会うなんて。  心臓がばくばくしながら、でもそれを隠そうとして無表情になる。閉店した店の窓ガラスに映る自分の顔がえらく無愛想だった。シリルはおれが緊迫していることに気づいているのかいないのか、後ろから呑気に話しかけてくる。 「旦那さんとはもう仲直りした?」 「したよ」 「よかったね。それにしても、スーツのエドさんもかっこいいね、すごく男前。モデルでも俳優でもないのが驚きなんだけど。地味な仕事って、前に言ってたよね?」 「……ああ」 「おれ、わかっちゃったよ。警察官でしょ?」 「落とし物拾ったから届けに行っただけだよ」 「なに拾ったの?」 「スマホ」 「失くすと困るからね。なんだ、警官じゃないのか」  おれは少しほっとした。シリルは気づいていないらしい。落とし物を届けにきたサラリーマンってことにしておこう。あとはどうやってこいつを追い払うか。 「ねえ、エドさん」  シリルはおれのコートのウェスト部分を後ろからつんつんと引っぱった。振り向くと、彼の目がらんらんと輝いている。シリルはあの人当たりのいい、得体の知れない笑顔を浮かべていた。おれの目を覗きこんで言った。 「ほんとは、刑事なんでしょ?」  おれはまた後ずさりしそうになった。隠されたことを白日のもとに暴く職業で、ときに被疑者と心理戦になることもある。それでも、こっちが暴かれることなんてそうそうない。呆れた顔をつくろうとしたが、不完全だった。  シリルは一瞬、自分が間違ったのかという顔をして、次にその表情が確信を得たものに変わった。彼は地下鉄に続く階段の脇で、おれを見て微笑んだ。 「見たんだ。前、銀行で強盗と立てこもり事件があったよね。そのとき、警官のあなたのことがニュースに出ていた。見間違わないよ。たしか、刑事……だったよね?」  そうだね? というシリルの目に圧倒されて、おれは言葉を失くした。 「ばれたら……まずいよね?」  そのとき、動揺と恐怖が一瞬吹き飛んだ。窮鼠猫を噛むってやつだ。おれは平気な顔をして言い切った。 「いや、みんな知ってるよ」  シリルが「え?」という顔になる。おれは言った。 「夫以外の男と寝たことがあるし、夫も、職場の人間もみんな知ってる。おれはセックス依存症なんだ。だから、我慢できなくなったら、その……誰とでも……なんだよ」  そう言いながら、だんだんと言葉が尻すぼみになる。顔が真っ赤になって、次には青くなった。自分から言わなくてもいいことを言った気がする。今さら(嫌だけど)ばれても仕方ないと思ったのはほんとだけど、シリルはなんと思っただろう。  つけ入る隙があると思ったんじゃなかろうな。  おれは彼を睨みつけ、無視して帰ろうとした。  後ろからぐいっと腕をつかまれる。振り向くと、シリルはうっとりするほどきれいな顔で微笑んでいた。 「そうなんだ。じゃあ、ちょっと遊んでいかない?」  やっぱりそうきたか。おれは突き放そうとした。 「だめだ。もう、きみとはしない」 「『とは』ってことは、他の男とはするの?」 「他の男ともしない。おれは……」  シドのことを考えて、胸がきゅんとした。早く帰りたい。シドの腕の中に飛びこみたい。でも……夫は今はアメリカに出張していて、いないんだよな。 「おれは、夫としかしないよ」 「旦那さんも、職場の人も理解があるんだね。でも、世間はどう?」  なにげなく言われた一言に、鳥肌が立った。そう。おれはそれが怖い。そんな警官、世間が容認すると思うか? おれがシリルの目を見返すと、彼はささやいた。 「世間に公表しない代わりに、今夜一晩、おれとどう?」 「帰らないと」  おれは強固に言った。 「夫が家で待ってるんだ」 「朝までいっしょにいろとは言わないよ。数時間だけ。刑事さんは忙しいんだろ? 残業ってことにしといてさ」  そう言われて、腹をくくったほうがいいのだろうかと思う。おれは自分に問うてみる。我慢できるか?  おれがいちばん怖いのはこれだ。シリルよりも怖いもの。それは自分の性欲。でも、大丈夫。苦しくなるほど動悸がする中で思い返す。  ストレス過大でコンディションが悪くなってくるとセックス依存が発動するんだけど、最近はそこまでストレスが溜まっていない。それに、夫はいないけど、彼とは毎晩電話をして、自分を慰めていた。だから、きっと大丈夫。  おれは悲愴感を匂わせないように、無表情で「わかったよ」と言った。 「ところで、シリル。この一回だけだぞ。次があれば、おれはきみのことを上司に相談する。おれを強請ったと言って」 「わかったよ。もったいないけど、あなたのことは遠くから見てるだけにする」 「それともう一つ。挿入はしないでくれ」  シリルは目を丸くした。 「そんな。あなたの後ろ、名器っぽいのに。だめなの?」  露骨に悲しそうな顔をするが、おれは無視する。きっぱり言った。 「だめだ。それだけは絶対だめ」 「ゴムつけるし、病気も持ってないよ、おれ」 「そういう理由じゃない。いや、それも心配ではあるけど。おれは夫以外の人には入れられたくないんだ。きみにはわからないのか? そういう気持ちが」  シリルは「んー」という顔で宙を見ていたが、おれを見てにこっと笑った。 「わからないね。でも、いいや。あなたがどうしてもというなら、折れてあげるよ。その代わり、それ以外のことは全部させるよ。わかった?」  おれはぶるっと震えた。それ以外、って。嫌な想像が頭を回る。フェラ? シックス・ナイン? 手コキ?  ……でも、どれもぶち込まれるよりはマシだ。  ごめんなさい、シド。おれは胸の中であの人に謝ったが、本心では、シドのことは微塵も思いだしたくなかった。思いだしたら、罪悪感で引き裂かれてしまう。シリルとし終わって自由になるまで、夫のことは封印しようとした。 「じゃあ、おれの部屋にきて」  そう言っておれの肩に置いたシリルの手を振り払い、地下鉄の駅に降りようとする。  シリルがおれを止めた。 「タクシーで帰ろう。そのほうが早いし、とろとろ地下鉄に乗って行くんじゃ水を差すよ」  やっぱり、こういうことには慣れてるらしい。彼は上機嫌でタクシーを拾っておれを押しこみ、運転手にシャフツベリー・アベニューにある自宅の住所を告げた。  焼き払ってやろうか。  おれは車の中で、ひたすら刑事らしからぬことを考えていた。 ○  シリルの住むフラットに来るのは、二回目だ。前回のように、ソファには高価な服が広げて置いてある。彼は酒の用意をしにキッチンに消えた。おれはコートとジャケットを脱いだ。  動悸がして、苦しい。それに、恐怖と自分自身への憎悪と、抑鬱を覚えてしんどくなる。自業自得だとわかっているけど、嫌で嫌でたまらない。おれはシリルを憎もうとした。それはほとんど成功していた。  彼が呑気に、ウィスキーの入ったグラスを持って帰ってきた。おれの隣に腰を下ろし、グラスを押しつけてくる。 「飲んで、エドさん。飲むと、気分も落ち着くよ」  おれはその言葉に誘われるように、勢いよく二口飲んだ。空腹の胃に酒が熱い。いっそ酩酊したいという心を振り払い、絶対に理性は保っておくぞと誓う。シリルもごくごく飲んだ。それから急にこっちを向いて、おれの顎をぐいとつかんだ。とっさのことにびくっとすると、彼はキスしてきた。口を塞がれてもがくと、舌がすべりこんでくる。  ねっとり舌を絡められて、ぞくっとした。正直、下半身が。その瞬間、ひやっとする。まずい。まさかおれ……欲情するんじゃないだろうな?  濡れた音を立てて舌を吸われ、その卑猥な音と口の中の熱と感触に、腰がぞくぞくする。もっといえば、ペニスが。おれはもがいたが、一度口を離したシリルに目の中を覗きこまれ、「言うこと聞いて」と言われて抵抗を呑んだ。  大人しくなったおれに安心したのか、彼はさらに舌を絡めてくる。スーツのズボンの上から腿を熱い手で撫でられて、股間が硬くなっていくのが自分でもわかった。  でもだめだ、おれは流されない。そんなことにはならないんだ!  目をきつく閉じ、体を強張らせていると、シリルはおれから離れた。ソファから腰をあげ、目の前にあるテレビのほうに歩いていく。DVDのデッキをがちゃがちゃ操作したあと、振り向いて言った。 「AV観よっか」  おれが固まると、彼はにこっと笑った。 「エドさんの気分もそのほうが盛りあがるよね」  大きなお世話だ。それを顔に表しても、こいつは無視している。また、隣に帰ってきた。テレビに電源を入れると、酒を飲む。  おれは明るくなったテレビ画面をおののきながら見ていた。

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