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続・Cheat
物心が着いた時から、自分が特別なんだと理解していた。
嫌でもそう自覚させられる環境で育ってきたのだ。それは酷く退屈で、全ての先が想像できるなんの面白みもない生活だったが、ある日そんな生活を一変させてくれる奴が現れた。
「夕士」
構内にある庭園の芝生でくつろぐ友人に声をかければ、その目は面白いほどに宙を泳いだ。
「た、た、匠……なんか、用か?」
「酷いな、用がなきゃ友人に声もかけられないのか?」
自慢の笑顔を向けるが、夕士は俺を見ちゃいなかった。その目は宙をゆらゆらと漂ったままだ。そんな、目を合わせようともしない彼の隣に無遠慮に腰を下ろし、ぴったりと躰をくっつけた。
「何だ、やっぱり躰が辛いのか?」
「なっ!?」
腕を夕士の腰に回し、そこから少し下のあたりを意味ありげに撫でれば、いつまでも泳いでいた目はついに俺に捕まった。
耳まで真っ赤に染まった肌が、熟した林檎の様に芳醇な香りを漂わせる。それはどんなオメガが放つフェロモンよりも、甘く甘く俺を魅了した。
「無理して帰ったりするからだ。今日一日休んでいればよかったのに」
「た、匠っ!!」
アルファの友人の中でも特に親しい、親友であった夕士を抱いたのは昨日のこと。
高い身長と、しっかりとした体格。特別な教育を難なくこなす能力は紛れもなくアルファであったが、その容姿は特に秀でておらず、ベータやオメガと間違えられることはなくともアルファらしくないのもまた事実だった。
そんな自分の容姿をコンプレックスに持っている夕士は、オメガから見てもアルファとして少し力不足だったらしい。いつも下らない理由で振られている。
だがそんな劣等なアルファである夕士こそが、俺の人生に光を入れ、モノトーンだった世界に色をつけてくれた。
アルファであるのに、アルファのいやらしい部分がごっそりと抜け落ちたような…不思議な男。本来同性に生まれるはずの毒気と敵対心を抜かされ、代わりに生まれるのは愛しさばかり。
どんなことを置いてでも大切にしたいと、一緒に居たいと思える人間に初めて出会ったのだ。
夕士に出会ったその時に、俺は漸く〝人〟として人生を歩み始めた。
「夕方から明け方まで抱いたんだ、幾ら俺が上手いといっても躰に負担が無かった訳じゃないんだぞ」
「おまっ、何げに上手いアピールすんなよ!」
「おかしいな、気持ち良くなかったか?」
「ッ、」
「そうだよな? オメガでもないお前が、初めて男を受け入れてあんなにイきまくったんだから死ぬほど気持ち良かったにちがい」
「わぁぁあああああぁつ!!」
発狂した夕士が、俺の口を手で押さえる。その手のひらをべろりと舐めてやればまた、夕士は奇声を上げて芝生の上を転げ回った。
「もうやだぁああ! 匠お前なんなのほんとぉ!」
「何が?」
「何がじゃないだろぉ何がじゃあ! 教えてくれとは言ったけど、あんなっ、あんなっ」
「何度も抱かれて何度も尻でイくつもりはなかったって?」
「ちょっとぉお!!」
最早夕士は号泣寸前だ。
「ほんとに可愛いな、夕士は」
「なに言って……」
「あの、館川くん」
俺の指先が、転がる夕士の前髪に届くその直前、ドロリとした甘ったるさが鼻につく声に邪魔をされた。
「今、ちょっといいかな?」
「あ、あぁ……なに?」
上半身だけ起き上がった夕士の肩ごしに見た、立ったままこちらを見下ろすソイツには見覚えがあった。
以前、一度夕士に抱かれたそのすぐ後に俺の元へとやってきたオメガだ。夕士と関係を持つと、俺とも寝ることができるという噂を聞いて来たのだろう。
実際、何度か夕士の食い残しをさらえたことが原因であるのだが。
「どうした?」
声をかけてきたそのオメガに、夕士が男らしい笑みを向けた。それが気に入らない俺は、冷たい視線をオメガに投げつける。だがそれは、相手に伝わらなかったらしい。俺と目を合わせたオメガが、ひっそりと頬を赤く染めた。
「あの……僕のこと、まだ覚えてくれてるかなぁ」
「もちろん覚えてるよ」
「ほんとぉ? 嬉しいなぁ」
媚びる仕草で躰を揺らし、オメガが夕士に色目を使う。そこから俺へと密かに流し目をした。その瞬間、はっきりと悟ってしまった。このオメガは、夕士を利用してまた、俺に抱かれようとしている。
そう……、過去に言い寄られた時も、俺はそのままこのオメガを抱いたのだ。
まだ少し夕士の匂いが残るオメガの躰に、ガキのように興奮し欲情した。
アルファのフェロモンに煽られ、ダラダラと欲望のままに漏らすオメガのフェロモンを避けて、必死で夕士の痕跡を探した。
誰のどの香りとも違う夕士のソレは、まるで麻薬のように俺の脳を、心を、躰を、アルファの本能をも痺れさせた。
偽物でもいいと思った。所詮この人生も、性にその運命を握られているのだ。
アルファがアルファに惚れたところで、この手で夕士を幸せにしてやることはできない。夕士を幸せにすることができるのは、アルファでもベータでもなく、オメガなのだ。
いつか彼に素晴らしい運命が現れ、そのオメガがこの世の誰よりも彼を幸せにしてくれるのだと信じていた。そう信じていたからこそ彼の匂いを付けた紛い物で我慢していたのに、夕士を幸せにしてくれるはずのオメガは絶え間なく彼を傷つけていく。
「ねぇ館川くん、また僕と過ごす時間を作ってくれないかなぁ」
「え? あ~、うん、俺は別に……ふあっ!?」
夕士を後ろから抱き込んで、その耳に息を吹きかけてやった。
「何すんだよ匠!」
「俺がいるのに、オメガなんか相手にするからだろ?」
俺の言葉にオメガが顔を引きつらせた。
「おい、その言い方やめろって前にも……」
「夕士」
「あっ! わ、やめっ、ンあっ!」
今日の明け方まで抱かれていた躰は、耳を舐め甘噛みしてやれば直ぐにその快感を思い出して甘い声を上げさせた。
手は彼の肌を求めシャツの下に潜り込み、敏感に感覚を拾い始めた素肌を意味深に滑る。
「たっ、たく、あっ」
俺が間違っていた。
愛しく想う、大切に想う相手を、自分以外の誰かに託すだなんて、なんて愚かな考えだったんだろう。
「匠っ、や……、あぁ!」
夕士に話しかけてきたオメガは、可愛そうなほど状況を理解できずに固まっている。周りに散らばっていた奴らも、この場の異変に気づき始めていた。
そんな衆人環視の中で、与えられる快楽に悶え瑞々しい花の伊吹のような声を上げ続ける夕士は、美しい。
彼を誰よりも深く愛せる者こそが、彼を幸せにできる者。
それはつまり、
「コイツは俺のだから」
睨みつけてやればオメガは顔を青ざめさせ、足をもつれさせて逃げていった。
「た……匠、何考えて……」
「悪いな夕士、お前を誰かに任せるのはやめたんだ」
「え……?」
奪った唇は、昨夜よりももっとずっと甘酸っぱくて全ての細胞に染み渡る。
お前も知っているだろう、夕士。この世の強者、アルファが決めたことは絶対だってこと。それが例え同じ性を持つ者相手でも、その意志が揺らぐことは、決して無いのだ。
END
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