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続々・Cheat

 姿見の前に立つ。  背だけは良く伸びてくれた。勉強もスポーツも、気を抜かなければそれなりにちゃんと出来る。だがそこに映る男の容姿に大きな特徴はなく。外見と違わず中身も平々凡々としたものであることから、第二の性がアルファであることには自分でも違和感を覚える。  もしも俺がベータであったなら……もしかしたらもう少しまともな恋愛ができていたかもしれない。自分らしさというものを、探していたかもしれない。  だが、俺はアルファなのだ。  自分らしさなんて必要ない。  そんなもの、誰も見ていない。  第二の性が人生を決めるこの世では、自分らしさなんて個性を出すよりもなによりも、アルファらしくあることの方がずっと、大事なのだ。 「うああぁぁ……」  目が覚めて、目に映った光景に頭を抱えた。  自分のものではない、しかし最近では見慣れてしまったキングサイズのベッドの上に、全裸の自分。  床には脱ぎ散らかした服が散乱……はしておらず、王様然として育ってきたはずの男の手により、サイドテーブルの上に丁寧に畳まれ置かれていた。 「俺の大バカ者ぉ~」  目を逸らそうとしたって、嫌でも躰が伝えてくる現実。本来、男であり更に第二の性にアルファを持つ者としてはあり得ない場所がジクジクとした熱を訴えている。 「……う、うぅ」  出すだけのために存在しているはずの場所に手を持っていくと、少しばかり腫れぼったいそこはサラリとしていて清潔だと分かる。だがそれが余計にいたたまれない気分にさせられるのは……。 「夕士、起きたのか?」 「たくみっ」 「体は綺麗にしてあるよ」  カッと顔に血を集めた俺を見て、部屋の入口で柔らかく表情を変える男。些細なそんな表情の変化ですら、この男の齎す影響力は半端じゃない。  十年には満たずとも、長い付き合いになる親友と呼べる存在である男の顔など、もうとうに見慣れたはずなのに。更に顔が赤らむのが自分でも分かった。 「起き上がれるか?」 「だっ、大丈夫だ! ……わっ!」  慌てて起きようとするが、案の定腰に力が入らずベッドの上に崩れ落ちてしまう。 「無理はしなくていいって、いつも言ってるのに」  両脇の間に腕を差し込まれ、ゆっくりと座りなおさせられる。 「ンぁ……ッ、」  未だ全裸のままの俺の素肌に匠の滑らかな肌が擦れ、指先が背中に食い込む。たったそれだけのことで変な声が出てしまい、思わず口を押さえた。だがそれは、しっかりと匠の耳に届いてしまったらしい。 「そんな声を出されたら、堪えられなくなるだろう」 「あっ、ま……ひっ」  耳に低く声を落され、そのまま耳を甘噛みされる。その小さな刺激は、しかし明け方近くまで快楽を与えられていた躰には甘い甘い毒となって広がってしまった。  肌をいやらしく震わせた俺に、匠が唇を深く重ねる。 「んぅ、ンっ、は……はっ」  気付けば座らされていた躰は再びベッドに沈み込み、 「挿れはしないから、安心して」  綺麗に弧を描いた匠の口で、しっかりと奉仕されてしまった。  親友であるはずの男と躰を重ねてしまったのは、凡そひと月ほど前のことだ。  お誘いをかけてくるオメガの子を相手にするものの、お付き合いは全く続かず。その原因が、このアルファであるのにアルファらしくない……平凡な容姿のせいかと悩んでいたのだが。 『お前、セックスが下手なんだって?』  親友の口からとんでもない事実を聞かされ、何と俺はその親友である匠から、セックスの指南を受けることになったのだ。  だがまさか、こんなことになるなんて一体誰が想像できただろうか。  てっきり俺は言葉で指導を受けるんだと、いやそれだって十分恥ずかしいのだが……それでも、まさか実際にセックスを、それも自分が抱かれる側になるだなんて考えてもいなかったのだ。  同じアルファなのに、やはり匠は同じではない。  セックスを教えてやる、だなんて大それた言葉を吐けるほど、確かに匠は上手かった。それこそ初めて受け入れる側を経験した俺が、後ろだけでイく快楽をたった一日で覚えてしまうほどには……。  匠との関係はその後すぐに元に戻ると思っていた。だが俺を抱いてからというもの、匠の態度は一変した。  隣を歩くときは常に腰に手を回され、スキンシップも目に見えて増えた。ちょっとしたことでも匠はその長い指で俺に触れる。まるで恋人にでもなったかのように錯覚するほど、俺たちの距離は近づいていた。  急に変わった距離感に戸惑い、緊張して、匠に誘われ飲みに行く度に、俺は大して強くもない酒に呑まれ……気付けばまた、あの美しい男に抱かれているのだ。 [newpage] 「はぁぁ」  キャンパス内のベンチでひとり、俯き溜め息を吐く。  いくらなんでも流されやすすぎやしないか、俺。  今日もあのまま匠に全てを任せ、面倒を見てもらい、大学まで一緒に来た。もちろん腰を抱かれてだ。しかも、別れる際にはこめかみにキス付きで。  周りからの、主にオメガの子達からの視線が突き刺さっているのをひしひしと感じながらも、匠の手を振り払うようなことはできなかった。どうにもこうにも、あの腕の中の居心地が良すぎるのがいけない。  自分でも、匠をどう扱ったら良いのか分からなかった。  俺たちは確かに友人だったはずだ。  愛していると言われたわけでも、付き合おうと言われたわけでもない。だとすると、どうして匠は何度も俺を抱くのだろうか? 俺たちの関係は一体なんなのだろうか? 「セフレ……?」  思わず浮かんだ関係性にまた頭を抱えて大きく溜め息を吐くと、頭上からクスクスと笑い声が聞こえた。 「大きな溜め息だね、どうかしたの?」  そこには、過去に一度関係を持ったことのあるオメガの男の子が友達連れで立っていた。 「あ……いや、なんでもないよ」  照れ隠しにコホンと咳払いを一つする。 「そう、ならいいんだけど」  ふふっと小さく笑う彼は、間違いなくオメガだった。小柄で、色が白くて華奢で、どこか儚げで。  匠の周りに群がる子たちは皆、こうした如何にも守ってあげたくなるような可愛らしい子達ばかりだ。間違っても俺のような大柄の男なんていない。 「ねえ、館川くんって今フリー?」  そんな儚げな子の口からは、それとはかけ離れた言葉が零される。アルファにフリーかどうか確認するオメガの意図など、一つしかありはしないから。 「……ああ、特定の相手はいないよ」  少し悩んで、それから結局いつも通りに答えた。前回は匠に邪魔をされたが、今日は近くにいないから邪魔など出来ないだろう。  期待通りの答えを聞いたその子は酷く安心したように肩の力を抜くと、上目遣いに俺を見た。 「じゃあ、また僕と……どうかな。急に空いた日でもいいから」 「……うん、構わないよ」 「本当!? 良かった、嬉しい! じゃあ、予定が空いたら連絡ちょうだいね」  にこりと笑い返事をすると、その子は手を振りながら友達と去っていった。その背中が消えて少ししてから、漸く俺は相手の子の連絡先を聞きそびれたことに気付いた。 「しまった! 匠に連絡先全部消されたんだった!」  匠はオメガが嫌いだ。  関係を持つことは多々あるようだが、どこかいつも見下した言い方をする。そうして前回、関係を持ったことがあるオメガの子に声をかけられた際に、スマホを奪われ全部連絡先を消されてしまったのだ。 「追いかけないと」  慌ててベンチから立ち上がり、背中が消えた方へと走る。すぐに追いつけるだろうと思った通り、その子の姿は簡単に見つけることができた。  彼らもベンチに座り、ランチを広げ話をしている。その後ろから声をかけようとして……やめた。 「あの人本当にアルファなの? 全然パッとしないじゃない。ベータみたいだし、ベータでももっと格好いい人いるよ」 「僕だってそう思うよ」 「えー? だったらなんであんな人誘ったのぉ?」 「利用するだけだよ。アイツと寝ると、あの芹沢さんが相手してくれるんだからっ!」 「芹沢さんって、あの芹沢匠さん!?」 「そう! あの人、アイツとヤッた後なら絶対相手してくれるの! 寝取り趣味でもあるのかな」 「えっ、それってベータでもイケるのかなぁ!?」 「アイツに抱かれる覚悟があればイケるんじゃない?」 「うわ、微妙ぉ~」 「ベータだと分かんないだろうけど、最近アイツ から芹沢さんの匂いがプンプンすんの! あれならオメガは簡単に足開けるよ」 「マジでー!?」  儚さとはかけ離れた、下品な笑い声が青空の下に響いた。  なるほど。漸く納得がいった。  どうして俺の様な出来損ないのアルファに、途切れることなくオメガの恋人や一夜限りの相手が現れたのか。  いつだってその関係は相手から繋がり、相手から切られていた。その理由が、今日ハッキリとした。  全ては俺の隣に立つ男、芹沢匠に近づく為だったのだ。  彼らの言葉には不思議と傷付きはしなかった。  ただ、どうして自分が抱いた後の子を匠が抱くのか分からなかった。  元々匠狙いの子達なのだ、にこりと笑んで見せるだけで彼らは簡単に匠へと転がり落ちるだろう。わざわざ俺が抱くまで待つ必要など無いのだ。 では、なぜ?  ……俺から恋人を奪うため? 何のために? 俺のことが嫌いだから? だから、嫌いな俺からいつもオメガを奪い、振られて傷ついている俺を見て笑っていたのだろうか?  一番濃厚そうな理由なのに、なぜか腑に落ちない。  そんなことをされるほど恨まれるような何かをした覚えはないし、もし知らずに犯した罪があったとして、そんな相手を今度は抱いたりするだろうか。 「俺をの躰を変えた後に、捨てるつもりとか……?」  考えてゾッとした。  自分の躰はもう、きっと今までのようなセックスでは満足できなくなっているだろう。だが恐れたのはそんな、アルファの男でありながら後ろを愛でてもらわなければ満たされない躰になったからでもなければ、アルファのプライドをへし折られようとしているからでもない。 「匠が……俺から離れる?」  ずっと側にいたはずの匠が隣から消えてしまうことに、心底ゾッとした。 [newpage]  ◇  あの後いつものようにまた、匠に食事に誘われた。店ではなく宅飲みにしようと言ったのは俺。  このまま有耶無耶にしながら付き合っていくのは簡単だ。だが、そうした結果いつか匠が俺から離れてしまうのなら、話は全く別だった。 「難しい顔してどうした?」  注がれた酒になかなか手をつけない俺を見かねて、匠が顔を覗き込む。 「今日、オメガの子に誘われたよ。昔一度相手をした子」 「……また、そいつの相手をするのか」 「俺が相手をしたら、匠もまたその子と寝るのか?」  匠が驚きに目を見開いた。 「偶然耳にしたんだ。俺と寝れば、お前に相手をしてもらえるんだって。今までの俺の相手、全員相手にしてきたのか? セックスが下手だって話は、そのベッドの中で聞いてたわけだ」  自嘲気味に笑いを漏らせば、匠はその顔から色を失わせた。 「夕士、」  立ち上がろうとする匠を、手を挙げて制止する。 「勘違いしないで、別に怒ってる訳じゃない」  本当に怒ってなどいない。ただ、知りたいのだ。 「お前は俺に、何か恨みがあるのか? 俺はお前を怒らせるような、何か酷いことを……」 「違う!」 「じゃあどうしてこんなことするんだよ」 「もうしない、もう……そんなことをする意味も無くなったから」 「それは、俺を抱くようになったから?」  匠はハッとして、俯けていた顔を上げた。 「やっぱり、何か俺に恨みがあるんだろ。この躰を散々変えてから、俺を捨てる気とか? なんにしろ、そのうち俺から離れて行く気なんだろう」  長い睫毛に縁取られた、宝石みたいな瞳を見開いて俺を見ている。この瞳に、いつか映ることができなくなるんだろうか。そんな恐ろしい未来がこの先に広がっているのだろうか。  あまりに当たり前のように隣にいたから、失うなんて考えたこともなかった。 「お願いだ、教えてくれ。俺はお前に何をしてしまった? 頼むから謝らせてくれ……お前を失うなんてあり得ないんだよ」  何度オメガに振られても、いつの間にか隣から消えていても、少しの寂しさはあれど怖くなかった。それなのに、匠が隣からいなくなるのだと思ったら、心の底から恐ろしくなった。  いつだって、匠だけだった。俺の失敗を笑って、揶揄って、それでも馬鹿にしたりせずどんなことも受け入れて、ずっと側にいてくれたのは匠だけだったのだ。  神に祈る想いで、テーブルの上にあった匠の手に自身の手を重ねた。するとその手は思わぬ強さで握り返される。 「く……くく……」  俺を見ていたはずの瞳は逸らされ、顔を再び俯けた匠が肩を震わせる。 「匠? ……ッ、」  そうしてまた顔を勢いよく上げたかと思うと、その顔にはドス黒い笑みが浮かんでいた。 「え、な、なに……?」 「回りくどいことをしなくても、案外俺はお前の中に深く染み込んでたんだな」 「え?」 「ただ、正解への選択肢が全くないのは頂けないよ、夕士」 「わっ!?」  掴まれていた手を思い切り引かれ、ローテーブルを弾きながら匠の胸の中に引き摺り込まれた。 「なぜアイツらを抱くのかって? そんなの、お前の匂いが付いてるからに決まってるだろ」 「え!?」 「だけど一度きりだ。その一度で、俺が夕士の匂いを全部……舐めとってやるからな」 「ふぁあっ」  抱きしめられたまま、べろりと耳を舐められ躰が思わず跳ね上がる。 「でももう、そんな必要はない。本物を抱けるんだから」  そこまで言われて漸く、俺は全く持っていなかった『正解への選択肢』を導き出した。 「お前……まさか、俺のことが好きなのか? じゃ、じゃあ、抱かれる側がどうのこうのってのも嘘か!?」 「気付くのが遅いぞ、夕士」  見上げた先で、綺麗な顔が破顔する。 「でも、だって……俺はアルファだ」 「知ってるよ」 「アルファの相手はオメガだろ? そりゃ、俺はアルファとしては出来損ないだし、匠はオメガが嫌いだけど」 「別にオメガが嫌いなわけじゃない、お前を傷つけるから嫌いなだけだ」 「ッ、」  その言い方だと、まるで匠の世界は俺を中心に回っているみたいじゃないか。 「い……いやいや、でも……一体いつから」 「出逢った時から、ずっと」  真剣な目で見つめられ絶句してしまう。だって、ずっと友人だと思っていたのだ。よもやアルファのサラブレッドが、出来損ないアルファの男を好きになるなど想像できるはずがない。 「アルファだとかオメガだとか、そんなことは関係ないんだ。俺はお前が、館川夕士が好きなんだ。いや、好きだなんて言葉では軽すぎる。愛しいだなんて言葉でも足りないほどに」  匠の顔が俺に近づき、唇が重なった。 「言っただろう? お前を誰かに任せるのは辞めたんだ。俺以上にお前を想える人間は、この世にいないって分かったから」  もう一度落とされた唇は、匠の首に腕を回して受け止めた。  馬鹿馬鹿しい。心の底から馬鹿馬鹿しい。何が馬鹿馬鹿しいって、この自分自身の鈍さと愚かさがだ。  あれだけ情熱的に唇を重ね抱かれておいて、大切にされておいて、愛されているという選択肢を全く思いつかなかった自分に呆れる。  そして自身がこの芹沢匠という男のことを、どれだけ大切に想っているかも気付けていなかった。あんなにも、匠の腕の中は居心地が良かったというのに。  アルファであることに意識を囚われ、自分の相手はオメガにしかいないと盲目的に思い込んでいた。  アルファらしくあるために、自分自身を見失っていた。今ならオメガの子達に愛されなかった理由も全て納得できる。  だがずっと、この男だけは……失くしかけていた俺の大切な部分を捕まえ、愛してくれていてくれたのだ。 「匠、悪かった」  匠の想いを知らなかったとはいえ、今まで一体どれだけ無神経なことをしてきたのだろうか。考えると頭が痛くなる。そんなしょぼくれた俺に、匠が優しく笑う。 「夕士が謝る必要はない。むしろ、俺が謝らなきゃならないくらいだ」 「なんでだ?」 「もう手放してやれないからな。もしも夕士の運命の番が現れたとしても、俺はお前を鎖に繋いででも手放さない」  言われた瞬間、全身に悪寒が走った。 「さすが……アルファ様だな」 「なに言ってる、お前もだろう?」  花びらが舞うように、匠が軽く笑った。まるでそうすることが、人として当たり前であるかのように。 「あっ、あぁっ、あっ、ンぁあぁ!」  両手を絡みとられ、これでもかと言うほどに互いの肌を重ね合わせて。最奥を強く強く穿つその男の表情には、あまり余裕は見られない。 「はっ、あう、あっ……たくみっ、」 「ゆうし……ッ、」  好きでも、愛でも足りないほどの想い。 「たくみッ」  壊れるほどに強く抱かれながら、匠の背中に傷をつける。この男は、俺のモノだと。俺だけのモノだと。  運命の番が現れても逃してやらない……? その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ。 「匠……」  ああ、確かに俺にもアルファの血が流れているなと……指先についた匠の血をねっとりと舐めとりながら、漸く燃えはじめた自身の性に密かに笑い、瞳を閉じた。 END

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