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第1話
恋人にフラれた。
10年と少し付き合って、半同棲までしていた。
半同棲なのはオンラインでの仕事が増えたから。
お互いの生活音に気兼ねする事なくいられる方が都合が良かったので近くに別の部屋を借りていた。
お陰で振られても部屋だけはある。
それが良いのか悪いのか分からない。
喧嘩もしたし、仲直りのセックスだって沢山した。
沢山の色んな所に行って写真をとって、飯を食べて、寝て。
笑って、泣いて、怒って。
ほぼ家族──いや、家族だった。
確かに、家族だった。
けれど、相手は好きな人が出来たって。
俺の事は家族としか思えなくなったって。
そんな狡い事を言われたのは昨日。
家族としか思えないなんて、最高で最低の言葉を残して、新しい恋人のところへ行ってしまった。
残酷な後ろ姿がいまだに脳に焼き付いている。
すがれば良かったのだろうか。
泣いて、行かないでくれと言えば良かったのだろうか。
今になってはもう分からない過去の話。
目がパンッパンッに腫れるまで泣いた。
それでも、当たり前に朝がやってくる。
絶望してるのに腹は減るし、仕事の時間が迫りくる。
しかも朝から腹は下るし。
厄年か?と思うほど散々な日だ。
因みに厄年はまだまだ先。
仕事が終わり部屋にいてもグルグル考えてしまうので、馴染みのゲイバーに飲みに来た。
いつ来ても落ち着く。
ママはさっぱりした性格で嫌味がない。
しかもお通しが美味しい。
これだけ揃えば通うだろ。
「ほんと、仕事がオンラインで出来るようになったのだけは感謝する……」
筋肉が良く似合うママに愚痴ると、なにも言わずともお代わりが差し出された。
今日もゴリゴリの筋肉に似合わずツルツルの肌が眩しい。
「ありがと」
「それにしても目の腫れ引かないのね。
濡れタオルもおかわりいる?」
「大丈夫だよ。
それに、これでも朝よりはマシ。
朝なんて開かなかったし。
こう…パンッパンッて」
手でこうだったと身振りをしてみれば、ママは小さくフフッと笑った。
「オンライン様々じゃない」
「ほんとそれ…」
ママもゲイだし、振られた事を隠す事なく話せる。
というか、ここにも2人で何度も飲みに来たから、一々説明しなくて分かってくれる。
こういうところが好きだった。
こういうところが嫌いだった。
思い出を昇華しようと言葉にする。
ママはその1つひとつに頷いてくれた。
その度に、笑った顔と昨日の背中が思い浮かんだ。
世の中は不公平だ。
好きになる対象で差別される。
隣に住んでて欲しくないとか、なにかが足りないだとか。
生産性がないも言われてたな。
女同士はまだ見られるけど男はキツいとか。
別に、そんな事を言われたって女の人は好きになれないし、自分の気持ちを圧し殺して結婚するなんて相手に失礼だ。
増して子供なんて…。
ただ、好きな人と笑って生きていたい。
そんな夢すらみてはいけないのか。
こうして、夜に紛れるしかないのか。
滲む涙をグイッと擦り、お代わりに口をつける。
「俺は、ちゃんと好きだった……。
ちゃんと、愛してた…っ、」
「そうね。
あたしから見ても、そう見えたわ。
羨ましいほどにね」
「なのに……なのに、か、ぞくって…。
ずるい……、ずるい……、だろ、」
泣きたい訳じゃない。
忘れたい訳でもない。
なのに涙は止まらない。
こんなに辛いなら忘れたいとさえ思ってしまう。
最低だ。
大切な思い出を抹消したいと思っている。
自分が辛いから、消してしまいたいって。
最低だ。
消えた方が良いのは自分の方だ。
「ママ…っ、お、おかわり」
「飲んで気が紛れるなら良いわよ。
けど、そうじゃないなら水にしときなさい。
どっち?」
「み、ず……ください……」
世の中って、なんだろうな。
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