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第2話

ズグズグと鼻を鳴らしながら差し出されたグラスの水を飲む。 厄介な客だろうに、ママは嫌な顔ひとつせず付き合ってくれていた。 優しい。 戸籍上は男だろうが、女神だ。 「水…おいしい……」 「あたしが注いだんだから当然よ」 ドヤっと言うので、思わず笑ってしまう。 泣き腫らした目に、涙と鼻水で汚い顔。 それを見られても良いやと思うほどにママを信頼している。 だから、今日もここに来たんだ。 来店してママの顔を見た瞬間泣きじゃくったほど安心出来る。 ママは本当に母親みたいだ。 この時の俺は、小さく笑う自分を見るママの視線にも気付けないほど既に酔っていた。 「そっか。 ママが…注い、だから」 「そうよ。 覚えときなさい。 美人が提供したらなんでも美味しくなるの。 例えそれが水道水でもね」 笑っているはずなのに、涙が零れた。 今日は涙腺が死んでいる。 止められない。 折角、ママが笑わせてくれたのに。 「……ぅ…グズ…」 「あらら」 「……グズ…ま、ま……や、やさし……グズ……」 何度も何度も涙を拭う。 また目がパンパンに腫れてしまうのに。 明日はオンライン会議もあるのに。 止めようと思うのに涙は止まらず、ただただ泣き続けた。 飲んだ分の水が目から鼻から出ていっただろう。 もう明日なんてどうでも良い。 来なくたって…。 その時、大きな手が涙を拭った。 「あたしにしときなさい。 あんたの事、泣かせないわ」 「え…?」 「こんだけ尽くしてて気が付かないなんて、あんただけよ。 いい加減気付いて」 「尽くす……、グズ……お代わりのこと?」 「はぁ…、なんでこんな鈍感な子好きになっちゃったのかしら」 アルコールも手伝って思考が鈍い。 ママにしとけって。 尽くしてるって。 回らない頭で考えようとすると、今度はティッシュペーパーを顔に押し付けられた。 水分を吸って湿っていくのが分かる。 そして塗れたティッシュは冷たい。 「あんたが好きなの」 背後の客の五月蝿い声を割って、真っ直ぐにママから届く言葉。 「高虎、好きよ」 愛の告白。 「ママが、俺を…好き…?」 「そう言ってるでしょ。 あーあー、また鼻水出てる。 拭きなさい。 あんた、顔は良いんだから」 「顔は、って……」 グイグイと顔を拭かれていく。 鼻水もついている気がするのだが……。 もしかして、塗り拡げられているのでは。 回らないはずの頭が動き出す。 ママは俺が好き。 ママは、俺が、好き。 「ママは、俺が好き……」 「そうよ。 あたしは、高虎が好きよ。 ずっとね」 ずっと? ずっとっていつだ。 あいつと付き合ってた頃から? 俺の惚気を楽しそうな顔で聞いてくれていたのに? 惚気だけじゃない。 愚痴だって。 嫌な顔ひとつせずに。 どんな気持ちで…。 記憶の中のママは、いつでも笑っていて。 それなのに、本当はそうではなかった…? 「こんなに泣かせるなら、無理矢理奪えば良かった」 「え……」 「フフッ。 でも、もう誰にも遠慮しなくて良いんだし本気だしちゃうわ。 落とせば良いだけだもの」 水の入ったグラスを掴む手を握られる。 あったかくてゴツゴツしてて男の手だ。 だけど、触れられて嫌じゃない。 なんでかドキドキまでする。 あれ…? いつの間にか、涙は引っ込んでいた。 あんなに止まらなかったのに。 「意識させちゃえば、こっちのもんよ。 高虎」 「は、い」 「そうね。 まずは、あたしのことをもっと知って貰うのが良いわね。 知ってると思うけど、源氏名は泰子。 好きな女優から借りてるの。 ほら、似てるでしょ。 そっくりでしょ。 それから、本名は……」 ドキン、ドキン、と早まる心拍。 アツくなる頬。 アルコールのせいだけではない。 じゃあ、なんだ。 この気持ちは。 俺はママの本名を頭にインプットした。 「好きな男は、高虎よ」 なんでか知らないけど、新しい恋がはじまりそうな気がした。

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