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第1話 プロローグ・見世物

 もうずっとこのままだ。    賀伊譲(かい ゆずる)は美術大学の構内にいた。  与えられた衣服は白いシャツのみ。  前をはだけるように指示をされ、下半身は晒されている。  机の上で脚を開いているので、勃起した性器は天井を向いたまま、白熱灯の光に照らされ続ける。  辛い。そろそろ出したい。  叫び出したいほどの射精感を堪えて、きゅっと口を引き結び、視線をほんのわずかに上げた。  目に映ったのは、恐ろしくいやらしい光景だった。屹立する性器の生えぎわをキツく結んでいるのは油を滴らせた麻縄。そして真っ赤に腫れ上がった亀頭から、同じく真っ赤な薔薇の花が飛び出ている。  棘を抜いた薔薇の茎を鈴口に突き刺された時、痛みと恐怖と悍ましさで気を失いかけた。  思い出すと、今でも意識が遠くなりそうだった。  しかし動いてはならない。  これは絵画モデルのアルバイトで、自分はこの仕事をやり遂げて当国ロイシアのレートにして一千万の借金を返済しなければならないのだ。 「譲くん、次は体勢を変えたいんだが。いいかな?」 「はい」 「では、臀部をこちらに向けて四つん這いに」 「はい。あの・・・ペニスのこれは抜いてもらえないですか?」 「ああ。すまないね。もう少しこのままでいてくれ」 「わかりました」  がっくりと肩が落ちる。  だが顔の向きが正面から後ろに変わったことはありがたいと思った。  自分の痴態を観察するたくさんの視線を直に感じなくて済む。 「うぅーん。しかし何かが足りない。学生たちのインスピレーションを掻き立てるには追加で装飾を施す必要がありそうだな」 「え? ひイィっ?!」  教授はアナルビーズを譲の尻に捩じ込んだ。 「んう、ううっ」  快感とはほど遠い声だった。痛みのせいで、ばくばくと心拍数が上がる。 「っ、う、ううう」 「そうそう。泣いていいよ。耐えている君の顔も良かったけれど、みんなが観たいのはそれだからね。そのまま振り向いてごらん。顔をよく見せなさい」  先ほど感じた淡い期待さえも砕けた。  譲はこの世の全てに絶望を抱く。  生きている理由もないのに、生きるためにこんなことをしている。  馬鹿馬鹿しくて反吐が出そうだが、みっともなくこぼれ落ちるのは涎と涙だけで、立ち向かう力はなかった。 「さあ、大切な生徒たちがお待ちかねだ。そうだよ、左向きに振り返って。君の左側がよりよく見えるように少し身体を傾けておくれ。失った左脚と、脇腹の火傷と銃創も見えるようにね」 「はい・・・・・・」  本当に不公平だ。今この瞬間に爆弾が落ちてきて、彼らもろとも吹き飛んでしまえばいい。  譲の思いとは裏腹に、譲を観察する彼らはへらへら、ニヤニヤと笑って、キャンバスに鉛筆を走らせる。  クソ野郎達め。善良に生きていた家族のもとには火の雨が降り注いだと聞いたのに、傷付いた人間を見世物にして目を煌々とさせる悪魔め。  その時、腹をいっぱいにする玩具がぐりゅんと回転した。 「ひい、ひいぃっ、ウアアアアアアア」  どうやらアナルビーズが蛇みたくのたうっている。  内臓をめちゃくちゃに壊そうとするかのような動きだ。  勃起を維持させるために、前立腺を刺激していたそら豆型の玩具が、振動しながら奥へ奥へと送り込まれてゆく。  アナルビーズはごりごりと前立腺を抉り、穴を限界まで拡げ、狭い場所に収まろうとする。 「あ、あ・・・・・・」  譲は鼻水を垂れ流してヒクヒクと痙攣した。  あってはならないところで振動を感じる。腹一杯に玩具を食わされて、胃が押し上げられていた。  吐き気に眩暈。頭がぐるぐるする。  身体を支えていられなくなった譲は頬を机に押し付けて、前傾姿勢を取るしかなかった。  尻が高く上がる姿勢に、嘲笑と歓声が沸く。 (苦しい。死ぬ。もはやこのまま死にたい)  譲の脳裏に散らついたのは後悔。愚かな自分への罵倒。  最後は、家族の笑顔。   「どうでしょうか、高貴なる生徒の皆さま。リクエストがありましたら別途のチップで対応いたしますぞ」  教授は脱力した譲の尻を撫でると、室内の観客たちの間を縫いチップを媚びる。   「いっそのこと、もう一方の脚も切り落としてしまえ」 「それならば両腕も要りませんな」 「さようで。儂は鞭打たれるところをぜひ見たいのう」  下卑た笑み。口々に放たれる身の毛もよだつ声に、譲は耳を傾けていた。 (俺のことを人だと思うなら、せめて一思いに殺してくれよ・・・・・・)  けれど声は届かない。声が出せないからじゃなく、彼らにとって譲は人じゃないからだ。  譲が純粋なロイシア人ではなく、同じ土俵に立てる、貴族生まれの人間ではないからだった・・・・・・。

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