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第21話 お人形遊び

「譲は寝ているだけでいいよ」  そう言って、ヴィクトルがベッドに乗ってくる。 「遊びって、何をするんですか?」 「お人形遊びさ」 「は?」  大の大人が口にする台詞だろうか。  拒絶しようとする心をなんとか堪え、譲はヴィクトルを見つめる。 「譲は気が強いね。怯えて震えているのに芯の強さがちゃんと顔に現れている。とても美しくて私は大好きだ」 「突然何を言い出すんだよっ」 「照れなくていい。私は譲を愛でたい」  ヴィクトルは譲の手の甲に口づけし、関節の出っ張り、青く浮き立った血管、皺、爪の形までをうっとりと眺める。  譲は目を逸らした。 「私は子どもの頃に大事にしていた人形がいた。でもね洋服を着せ替えたり、手で動かして遊んだりするよりも、多少変わった遊び方をするのが好きだった」 「どんな?」  問いかけると、ヴィクトルは譲の後ろに回り、抱き締めて全身で包み込む。 「こうやって抱き締めながら頭を撫でて、絵本を読んでやるのが好きだったんだ」 「なっ、・・・反応もしないし、耳も聞こえないのに?」 「そうだよ。お人形はお利口だ」  どの点をそう解釈しているのか不気味で、譲は口を閉ざした。  黙り込んでからハッとした。 「ロマンに渡された本」 「ああ」  ヴィクトルは頷く。 「だからだったのか。どうして子ども向けの童話なんかを持ってこさせたのか疑問だった。だけど、流行りの大衆小説とか、新聞とかも読ませて欲しいんだけど・・・。駄目ですか?」 「駄目だ。ロマンにも強請ったそうだが必要ない」 「どうして?」  譲は懇願するように首を捻って振り返った。 「外の世界のことは知らなくていい」 「えっ」 「譲は何も知らなくていい。知らないままでいなければいけない」  静かな声で断言するヴィクトルは譲と目を合わせなかった。  譲は抱き締めてくる男に縋った。 「頼むよ。お願いします。俺が世間で死亡扱いになっているのはわかってる。でも外の世界と繋がっていたい。断ち切られてしまうのは怖いんだ」  それに家族の誰かが生きている可能性をまだ捨てたくなかった。些細なことだったとしても、手掛かりが見つかるかもしれないから。 「譲はこの屋敷の中でだって幸せになれるよ。約束しよう。私が譲を世界一幸せにしてあげる。これまでの生活のことは早く忘れてしまいなさい」 「そんな・・・・・・」  腑が煮え繰り返る思いがした。身勝手な男を突き飛ばして、要求を呑んでくれるまで殴り続けようか。  しかし、できもしない虚勢が、譲の心に余計に深く暗い影を落とした。 「この話はやめよう。譲の不機嫌な顔は見たくないよ」  ヴィクトルは譲と片手を重ねて指を絡めた。  抵抗しないでいると、はだけたままの胸をもう反対の手で触れられる。 「んっ」  譲は肩を跳ねさせた。  体温を測る時には見向きもしないで、入浴時には素通りしたくせに、今は目的を持って触れられているのがわかる。 「譲の心臓が私の手のひらの下でドクンドクンって鳴ってる」 「当たり前だ。生きてるんだから」 「そうだね。お人形とはそこが違うね」  ヴィクトルの声はやけに嬉しそうに聞こえた。  譲は息を潜め、奥歯を噛む。  胸を覆っている手のひらは、しばらく動かないでそこにあった。じんわりと、体温が移ってきているみたいだ。むずむずしてきて、動かない手のひらの下で乳頭がピンと勃ち上がる。  柔らかい皮膚に当たる、硬くなった粒。  譲が気づいてしまったように、ヴィクトルにも伝わっているはずだ。  恥ずかしくて、息が上がってしまった。 「辛そうだね、譲。触って欲しいかい?」 「は、はあ? そんなわけ・・・」  譲は強がる。だが胸を軽く揉みしだかれただけで、喉の奥から悲鳴が出そうになった。 「触って欲しいと言いなさい」 「あ・・・、ぁ、何で・・・やだ」 「変なことじゃない。譲が気持ち良くなってくれて私は嬉しい」 「あ・・・ああ・・・・・・」  身体がおかしくなってしまった。  この身体は男に触られて悦ぶようにできていないのに。  これまで男に下心のある視線を向けられて、快感を得ることがあっただろうか。  ない。嫌悪感こそ感じてきたが、絶対に無い。  有ってはいけない。 「やめっ、こわ・・・こわぃ・・・から。お願い」 「あぁ、譲、そうだね。ごめんね。無理をさせた」  お願いしますと懇願する譲の頭に、ヴィクトルはキスを落とした。 「まだ早かったね。急ぎ過ぎたかな」 「頼む、もうやめてくれ。俺を解放してくれ」  声が震える。 「譲、何度お願いされても叶えてあげられないよ。気分を変えるために散歩に行こうか。準備をしよう」  ヴィクトルはそう言ってベッドを降りた。  目が堪え切れずに涙ぐんでしまい、ヴィクトルの背中がぼやけて歪む。  譲は涙を隠すように、握り締めたシーツで瞼を拭った。

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