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第48話 ロイシア国の公爵《プリンス》・一年の月日

 一年の間に色々あった。色々と言っても最初の数ヶ月の後は些細なことだらけだ。  部屋に買い与えられた私物が増えたとか。  まずはヴィクトルがもともとあったアンティーク家具を本棚と入れ替えてくれた。収まっているのはどうでもいい本ばかりだが、まあ、ないよりはいい。紙やインクの匂いも並んだラベルを眺めているのも嫌いじゃなかった。  それから衣装。貴族の屋敷はそういうものなのか、譲の部屋には廊下に面したドアとは別に開かずの扉があり、開けて貰うと隣の小部屋と続きになっていた。服のために一部屋を使うなんて譲は考えたことがなかったが、増えた衣装をしまうクローゼットになった。  酷いもんだ。一度許した途端、ヴィクトルが喜んで毎日違う服を持ってくるようになったのである。まるで可愛い盛りの幼子に着せ替えをするように、フリル襟のブラウスを着せてくる。  白磁の肌に金髪碧眼のヴィクトルならば似合いそうな服装だ。これだけはいつかやめさせたいと思うが、譲が許容してしまう方が先かもしれない。  あとは、使いもしないガラクタを大体三日に一度の間隔で欲しいと強請っている。欲しいものを——欲しくないが、言ってあげた時のヴィクトルの笑顔が見たくなるのだ・・・。  作り物には見えない柔らかな笑み。その一瞬、心から安堵した顔をする。  ヴィクトルなりに、探り探り譲の感情に寄り添おうとしている現れだ。  ◇◆  ロイシア国の今日は久しぶりに雨が降った。にわか雨だと思ったら、午前中いっぱい降り続いている。  雨音がする中、ドアがコツコツと叩かれる。  譲はロマンを部屋に通した。 「こちらをどうぞ。数日前にお頼みになっていた、飛行船のミニチュア模型です」 「ん。そこ、置いといて」  譲は見もせずに言う。ロマンが持ってきた飛行船模型は、日に日に豪華さを増している高級なガラクタ達の列に加えられる。  この模型はかなりの値打ちがあるらしいが、譲の興味はそそられない。中庭の上空に浮かんでいた飛行船を指差して、あれが欲しいとふざけて頼んでみたら、これが届いたのだ。 「ロマンが組み立ててからね」 「かしこまりました」  口答えせずに、ロマンが箱を開ける。  窓の外の雨を見つめたままでいると、後頭部がちくちくした。  またですかと、ロマンに目で訴えられている気分になる。譲は視線を返して肩をすくめた。 「大事に扱われて嫌な奴はいないだろ?」 「何処が大事にされているのでしょうか」 「違うって、公爵のことさ」  ロマンが憎まれ口を閉じた。日々は概ね良好といえるが、全てが順調とはいえない。 「あんなげっそりした顔見せられたら全部に頷いてあげるしかないだろ」 「・・・ヴィクトル様がようやく本日帰ってこられるそうです」 「長かったな。大変なんだ?」 「期待しないで下さい教えないですよ」 「はいはい。そうでしたね~」  ロマンと軽い口を聞けるようになったのは良い変化と言える。ロマンが己れに科していたお喋り禁止令を解いてくれたのはここ最近のことだ。  ヴィクトルの不在が以前よりグッと増えたのがきっかけだった。譲が知っているのは、ヴィクトルが度々呼び出されて宮殿に通っていること。  プリンスたる公爵の仕事内容は、譲に不必要な情報。度重なる自責の名の下に閉じられたロマンの口は、国王の御前に通じる門扉より堅固である。シャットアウトされ、二度と機密は漏らされない。 「譲様、少し触れますが宜しいですか?」  そうして、ロマンが眉を顰めた。 「うん?」  返事の半ばで両手首を掴まれる。 「また眠れなかったんですね」 「あー、それ。バレちゃったか」  ロマンの視線は枷の裏に向けられ、赤く腫れて変色した肌を射るように凝視している。 「熱烈に見つめんなよ。穴が開いちまう」 「はぁ、あなたねぇ。くだらない冗談言ってる場合じゃないでしょう。もう見過ごせませんのでヴィクトル様に報告します」 「駄目だ。言うなよ」    譲は鋭く睨み、ロマンの親切心を撥ねつけた。 「密告しやがったら、俺もあのことバラすからな」  ヴィクトルの兄、アルセーニーのことだ。交換条件を突きつけると、ロマンは何も言えなくなって黙る。何度もしているやり取りだった。 「狡いやり方して悪いな。でも今は言うべきじゃないよ」 「譲様・・・・、ヴィクトル様はもっと早くに頼って欲しかったと仰ると思います」 「だろうね。でもわかんないよ俺も。自分が何でここまで痩せ我慢してんのかさ」  ヴィクトルの多忙な日々と重なって薬の効きが悪くなり、譲は悪夢に悩まされるようになっていた。  悪夢にうなされてベッドの上で暴れた時の擦り傷と痕が、枷をつけられた手首と脚首に残ってしまった。夜中に目覚めた後は、明るくなるまで恐ろしくて眠れない。  譲は窓の外に目をやった。先程から雨足が強くなり、硝子窓に大粒の雨が叩きつけられている。  濡れているように見えて触れてみても、室内にいる譲の指先は濡れない。外で感じられた雨が懐かしいが、胸によぎるのはヴィクトルが濡れていないだろうかということだ。  譲の中で、ヴィクトルに弱い部分を知られたくない理由が明らかに変わっていた。

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