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第52話 共闘作戦
しかし、それから数日して、またイザークが訪問してきた。
忌まわしい客人が譲の同席を希望しているとヴィクトルに苦々しい顔で告げられ、譲は再び執事服に袖を通すこととなった。
譲が準備を整えて客間に行くと、イザークはロマンに給仕をさせ昼間からアルコールを嗜んでいる。この日は真っ黒なケープマントを羽織り、何処ぞの怪しい占い師か蝙蝠 にしか見えない。
頬を引き攣らせた譲の反応が面白かったのか、イザークは悦に入ったように目をすがめた。
「こんにちは執事さん、また会えたね」
「やめなさい。何度も言うが給仕は譲の仕事ではない」
ヴィクトルは譲の横にぴたりと張りついている。譲の代わりにイザークの挨拶に応え、威圧感たっぷりに口を歪めた。
「承知していますよ。けれども一度目にした彼の顔が忘れられなかったのです。こうして眺めるだけなら良いでしょう?」
「だとしたら余計に絶対に触れないで頂きたい。指一本でも触れた瞬間に切り落とす」
「おぉ、そうですか。怖い怖い。ではおふざけはやめておきましょう。お金を数えられなくなったら困りますので指は大切にしたい」
イザークはニヤニヤと手を引っ込めて降参した真似をする。
ヴィクトルの目が見たこともない程に冷ややかになった。
「公爵・・・・・・」
譲はジャケットの後ろの裾を引っぱる。
「椅子に座りませんか?」
小声で伝えると、ヴィクトルがハッとした。
「おや、彼は顔色が悪そうだ」
イザークにめざとく指摘され、譲は視線から逃れるように顔を伏せた。
「なんでもありません。主人が立ったままでいるのが気になっただけです」
「譲、本当にそうかい?」
「はい」
その時ロマンが椅子を引いた。あえて音を当ててくれたのは助け舟を出してくれたのだろう。
「どうぞ。ヴィクトル様、こちらへ」
「公爵様、行きましょう」
譲は慣れない呼び方でヴィクトルを促す。やっと席に着くことができたが、気もそぞろになり、この時間が早く過ぎることを祈った。
当然話は頭に入ってこなかったが、ところどころで聞き覚えのある「シャルロッタ妃」という名前が聞こえてきて耳に残った。
結果イザークは何をしたかったのか、会話をする際は決まって譲を見つめながら話す。ヴィクトルを憤怒させるだけさせて満足すると、帰ると言い、そんな日がたびたび繰り返された。
ヴィクトルは育ちの良さから所作が美しく、人前で暴力行為を働いたり声を荒げることはしない。厳しい口調を使う際でも品位を忘れなかった。
静々と警告を述べているのだが、苛立ちは募っているはずだった。
日に日にやつれ、ついにイザークが訪れない日でさえ眉間の皺が取れなくなってしまったようだ。
譲はヴィクトルの不調に酷く胸を痛め、次回イザークの顔を見た時に話をつけようと決意をした。
そして嵐の晩に勝負の日がやってきた。
「譲様、申し訳ありません。本日もお願いできますか?」
「・・・・・・来たか」
ロマンの口ぶりでイザークの来訪を察せられる。
雨粒が強く窓に叩きつける、如何にも意味ありげな空模様の日。あの男にお似合いの悪天候だ。
「ロマン、お願いです。今日だけは見逃して下さい」
着替えの手伝いをする手を止め、ロマンが小首を傾けた。瞳が何かを探すように天井を泳ぎ、思案しているのだとわかる。
「ああ、そういうことですか」
合点がいったらしい。
譲はこくんと頷く。
「僕は譲様の無茶を見過ごしてばかりな気がします」
「でも、あいつが来ると公爵が・・・・・・」
するとロマンが驚いた顔をして、次に額を押さえた。協力するかどうか迷っているのだ。
「ヴィクトル様を気にかけて頂けるのは一執事として非常に嬉しく思いますが、貴方も万全でないでしょう?」
「はぁ、だとしても、俺なんかよりよっぽど公爵の顔色の方が悪いね。それに俺も不安要素をなくしたいんだよ。安眠のためにさ。気になってよく眠れやしない」
譲の本気を見て取ると、ロマンは折れて肩を落とす。
「僕は何をすれば宜しいのでしょうか」
「ロマン! ありがとう!」
「・・・いえ、僕も策を講じようと考えていたところでしたので。同じ気持ちだったということです。決して無理をし過ぎず、今回こそはくれぐれもバレてはなりません。約束して下さい」
「無茶も無理もする気ないよ。ガツンと一言文句を言ってやりたいだけ。ロマンは俺があの男と二人きりになれる時間を作ってくれ」
ロマンは片眉を上げる。それが無茶な話なのですがと言いたげだが、すぐに執事らしく表情を引き締め、「承知しました」と肯首した。
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