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第65話 ボスと対面する
譲は戦時中に敵国べコックに滞在していた時期があった。
だがそうだ、あくまで捕虜だった。生かされていたが自由に出歩けたわけじゃない。べコックに知り合いなんていただろうか。
「ボスに会ったら片脚も何とかして貰わないとな」
「・・・・・・え、あ、うん」
譲は顔を上げた。
二人はイェスプーン港に着く前に巨大な貨物コンテナの中に入り、そのまま現在は輸送車に揺られていた。
怪しまれることはないのだが単純に場所の問題だ。他に入る場所がない。
コンテナには荷箱が大量に詰められており、狭い空間で男二人がぎゅうぎゅう詰めに座っているのである。
「で、なんだっけ? ごめん」
「脚だよ、あし! 義足でもつけなきゃ今後は活動しにくいだろ。良いのがあるぞ」
「へぇ」
「慣れるのに、ちっと練習が必要だけどな」
「それは助かる」
譲は安堵する。松葉杖で足手まといになることを懸念していたのだ。
「ボスが準備してると思うよ」
そしてナガトの言ったとおり、アジトについた譲はボス専用の部屋に通された。
思っていたよりも港から移動時間は短かった。
ドアを開けた瞬間は大きな窓をバックに一人がけの椅子の背もたれが黒く目立って見えた。次に部屋の中央のテーブルに鎧のような銀の義足が置いてあるのが見え、譲が物珍しさに目を取られている隙に椅子がくるりと正面に回る。
「やあ、譲。久しいね。元気にしてたかな。ベイエリアは見てくれた? この街は素晴らしいだろう?」
忙しなく喋りながら立ち上がる男。
ボスの名前はアレグサンダー=ムーアであると、ナガトに直前に教えられていた。名前に心当たりはなかった。
「あ・・・はい、いいえ、えっと」
譲は勢いに圧倒されて口篭ってしまう。
「すみませんボス、俺達は船を降りる前から地下倉庫までコンテナに入ったまま運ばれたんで」
ナガトが口を挟むと、アレグサンダーは譲の肩を抱きソファに導く。
「そうかい残念だ。では私が直々に話してあげよう」
流されるままにすとんと座らされ、向かいにアレグサンダーが腰掛ける。真ん中のテーブルには義足。譲の右隣にはナガトが座った。
「あの、ボス? 街のお話はまた今度お聞きします。そのことよりも・・・俺とボスは何処でお会いしていたのでしょうか? 申し訳ありません。記憶にないのです」
譲はちらりと向かいの男を見る。
この時にも譲の脳は懸命に彼を思い出そうと働いていた。アレグサンダーは六十歳前後だろうか。身体に合うように仕立てられた高級そうなスーツを着て、シルバーグレーの髪に整えられた顎髭が特徴。顔立ちは平凡。常時優しげに目は細められているが、瞼の奥の瞳に目力がある。ヴィクトルやイザークのような上に立つ人間のそれと同じだ。
アレグサンダーの瞳は青色。空や海よりも透き通った碧眼が譲の脳裏に映し出された。いつも譲のそばにあったヴィクトルの碧い瞳。
「公爵・・・・・・」
ぽつりと呟いてしまう。
「おや、家出をして来たおうちが恋しくなってしまったかな」
譲を見る顔は笑顔だ。
「大丈夫さ、またすぐに逢える」
譲は子供扱いをされて赤面する。だが聞き捨てならないことを言われた。
「すぐに、また?」
「ああ。我々の計画に使えそうな人間を探していたら、良いところに譲がいた。見つけた時は胸が高なったよ。エルマー商会のボンを焚きつけた甲斐があった」
「何を考えていらっしゃるのですか」
「なぁに、ちょっとしたお祭りだ。そのために譲はまず義足の訓練をして、しっかり動けるようになっておくれ」
底の知れない男に鳥肌が立つ。
アレグサンダーは義足を見下ろし、銀色に光る艶やかなボディを撫でた。
「最新技術を投入して作成したサイボーグ義足だ。使いこなせれば健常者と同等の滑らかな歩行ができるようになる。走ることも夢じゃない」
しかし譲は躊躇する。
「助け出して頂いた恩に加えて、まだ会って間もない自分が、このような高価そうなものを受け取れません」
そして黙っているナガトに視線をやり助けを求めた。
何か言ってくれと目で訴えてみたが、ナガトはアレグサンダーの肩を持つような応えをする。
「遠慮せずに頂いておくんだ。俺達は組織に入る際に、全員がボスから贈り物を貰っている」
「そうなの?」
「俺も、ほら」
ナガトはライフルジャケットの襟を開けると、首につけたチョーカーを見せた。
細身の革紐が二重になったデザインをしており、見慣れない国のコインがチャームになってぶら下がっている。
「これが俺の失くした大事なもんだ。ボスが取り戻させてくれた」
「大事なもの」
「そうだ、だから譲も貰っておくといい。この脚は必ず役に立つ」
「・・・・・・う、ん」
譲は悩みながら義足に視線を戻した。
「再会を祝した出血大サービスさ。礼は私のために働いて返してくれたらいい」
アレグサンダーはニコニコしたまま、受け取るよう促してくる。
だが断るべきだと直感で感じる。
頭の中では信用ならない男の下につくことを回避せよと言っている。受け取ってしまったら、承諾することになるのだろう。
既にイザークの手を借りてしまった後で、どうしたらいいか。イザークの後ろにアレグサンダーがいるのなら、断るということはイザークを裏切ることになる。
恩を仇で返す結果になってしまう。
譲が選べる返答は一つだった。ここを放り出されて生きていける自信もない。
「わかりました。ありがたく頂きます。俺は何をすればいいのでしょう」
譲がしぶしぶ頭を下げると、アレグサンダーが手を叩く。
「その前に組織のことと私の紹介もさせて欲しい」
話したくてウズウズしている様子が伝わったが、ドアがノックされた。
そのような慣わしなのか、五秒程待つと秘書役らしきスーツの男が入室してきた。
現れたのは、ひょろりとした凡庸な眼鏡の中年男性だった。譲はぽかんと口が開く、真面目そうな男は譲の考えている組織とは似つかわしくない。
「ムーア市長、お話を中断して申し訳ございません。ですがそろそろ予定しておりました会食のお時間です」
彼が会釈をする。
「市長・・・・・・?」
譲は思わず声に出していた。
「失敬した、トーマス君。どれ、よっこいしょ、最近物忘れが酷くなったかな」
「ボケたふりしても駄目ですよ。会食が嫌で忘れてたんでしょ」
「やれやれ、敵わないね。そういうわけだから私は出掛ける。あとはナガトに任せるよ」
指示を受けたナガトが「ハ!」と軍式の敬礼を取る。
「譲は今度ゆっくり話をしよう」
アレグサンダーは譲の肩にぽんと手を置き、立ち上がる。それからトーマスにネクタイを締め直されながら部屋を出て行った。
「ボスは市長なの?」
譲はようやく疑問を口にできた。
ナガトはニィッと笑う。
「そうだ。イェスプーン市の現役の市長だよ」
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