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第67話 引き返せない道

 酒屋を出た譲は寄り道しようと誘われてベイエリアを散歩した。 「元気がないな。あいつは酔っ払って陽気だが」  イザークが前を歩くナガトを親指で差す。  酒を飲み交わしながら聞かされた話のせいで気分ががくんと沈んでしまった。  べコックとロイシアの上層部の一掃。これにはどう考えてもヴィクトルが排除対象に含まれている。  革命軍は何をする気なのか。とはいえ、ここじゃ公爵の身を案じることは口が裂けても言えない。  しかしあのヴィクトルだ、容易くしてやられるような人じゃないだろうとも思う。  彼の心配よりも、自分の今後の身の振り方を考えていかなければならない。 (隙を見て、逃げ出した方がいいかもしれない。その後、危険を知らせることができれば)  それだけできたら、遠くに行こう。譲はそう考えて思い出した。更に海を超えて、両親の育った祖国に行きたい。 「譲、ボスのことなんだが」  イザークが不意に口を開く。 「はい、何でしょうか」 「覚えていないんだって? 大怪我をして混乱していたせいかもしれないな。俺のことも記憶に薄かったくらいだし、だが戦時中べコックに渡った譲が生き残れるよう尽力してくれたのがボスだったんだ」  それを聞いて松葉杖の握り手にぎゅっと力がこもる。  「もしかして俺がここに来るのも初めてじゃないんですか?」 「いいや、以前に留置させられていたのは軍施設だった。ここではない。士官講師として施設を訪れていたボスと知り合えたのは偶然さ」  ふと、譲は立ち止まった。 「そういえば、今隊長は生き残らせるために尽力をと言っていましたね。隊長は殺される心配がなかったということですか」 「ああ。べコック兵士は俺がエルマー商会の息子だと判明すると態度を変えた。それが戦争の裏を知るきっかけになった」  イザークも譲に合わせて立ち止まり、先をスキップして歩くナガトとの距離ができる。 「おーい、二人共どうした?」  ナガトが振り返り、浮かれた顔で譲達を呼んだ。 「今行くー! ふらふらして海に落っこちるなよー!」  イザークが笑いながら叫び返す。 「帰るぞ、譲」 「あの・・・隊長はいつまでイェスプーンの街に」 「明朝には経つ予定だ。きちんと国の手続きを踏んだ定期便に乗る。だがすぐにまた会うことになるだろう」 「すぐに、また?」  譲は繰り返した。これを言われるのは今日だけで二度目だ。  心臓が早鐘を打つ。 「詳しいことは言えないが、ボスからのお達しがあるはずだ」 「隊長から教えて貰うことはできないですか? 例えば、少しだけ。その・・・公爵に何をするつもりなのか」  そう食い下がると、イザークが声を顰めて言った。 「譲、まさかとは思うが後悔しているのか」 「違いますっ」 「ふぅ、まだ洗脳が完全に解けていなくても仕方がないか」  イザークは溜息を吐きながら額をかく。見上げると、譲を引き寄せて耳に顔を近づけた。 「くれぐれも発言には気をつけろと忠告しておく。ここじゃ上層階級の人間は殺してもいいと思ってる者がわんさかいる」  譲はヒッと息を呑んだ。 「上層階級に味方する人間のことも同様に思っている。だが味方には気のいい奴らだよ。仲良くしてくれな」  イザークは頬を強張らせた譲の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。 「・・・わかってます。俺はもう公爵のところには戻れませんから」  本当は自分で選んだ道を肯定したい。  俯いた譲にイザークが困ったように懐を漁る。 「まあ、ほら吸うか? すっきりするぞ」  顔を上げると、へこんだ箱から紙煙草が一本飛び出していた。 「お気遣いありがとうございます。でも俺煙草は要らないです」  譲は差し出された紙煙草を断り、いつの間にか堤防で座り込んで眠っているナガトを見やった。  ナガトは海に落っこちてしまいそうな危ない場所にいる。 「彼が待ってるので行きましょうか」  譲は海風に煽られながら前を向き、松葉杖を突いた。  ◇◆ 「・・・・・・はあ・・・あ・・・公爵・・・ごめんなさ」  用意された宿舎のベッドで、譲は酷くうなされた。  慣れない環境で気を張っていたお陰で見ないで済んでいた悪夢がぶり返した。  二日ぶりにちゃんとした寝台で眠れた為に深い眠りに落ちてしまった。 「う、うう」  今夜は手枷がない。自由な手脚があだとなり、譲はベッド上でもがいて床に落下した。 「う、いった・・・・・・」  だが衝撃で悪夢から目覚めることができ助かった。  譲は起き上がれないまま、しかし再び寝つけないまま夜を過ごさなければならなくなった・・・。

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