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第69話 ともだち
「へぇ。特別好きなわけじゃないけど、圧倒される」
「ははは、わかるよ。ふとした時に見にきちゃうんだよなぁ」
ナガトの気持ちに共感できなくもない。譲は頷き返す。
その後、ナガトが案内してくれたのは、切った丸パンにレタスサラダとサニーサイドアップ、分厚い魚肉パテを挟んだバーガーの店だった。
譲は初めて見る料理に「サンドイッチに似てる」と感想が零れた。
「全く別物だから食ってみな。ここのは一段と美味いんだぜ」
思いきり豪快に食えと促され、その通りに大口を開けてかぶりつく。
「おおっ、美味いっ」
魚とは思えないジュシーな舌ざわりだ。シャキシャキした食感とトマトの甘さと酸味、とろっと濃い卵の黄身とソースとの相性も抜群だった。
「だろ? 他の街じゃ牛肉が主流だけど、俺はこれが好きなんだよなぁ」
「別の種類があるんだ?」
ナガトがニィッと歯を見せて頷く。
「そんなに気に入ったか。いいぜ、いつかそっちの店も連れてってやる」
「ほんとに? ありがとう」
「ああ約束だ」
「・・・約束」
ぽかんとして呟く。
普通の『ともだち』みたいな会話だ。
自分にはもう不相応なものだと思っていた。
(約束か、叶うといいけど)
ナガトに出逢えたことが、この街に来て一番の収穫かもしれない。
率直な彼は好感が持てる。
「おい、早く食べないとソースが溢れてくるぞ」
「そうだね、うん」
譲はバーガーの残りに取り掛かり、美味しい食事とこそばゆい友人気分を味わった。
だがバーガー店を出るとアッと目を丸くした。街中で雰囲気が異なる区画を見つけて、ナガトに問うような視線を向けた。
建物と建物の隙間に暗い路が続き、鉄製のフェンスが奥にある。
街はあそこで終わりじゃないはずだ。
「あれは」
「フェンスの奥は改心区画になってる」
「なにそれ」
「例えるなら懲罰房だな」
譲は顔が強張る。
「何の為に・・・正式に刑を裁く場所とは別枠でということだよな?」
ナガトが路地に近づくと、暗がりに目をすがめ、「見てみろ居たぞ」とフェンスの向こう側を顎でしゃくった。
そちらに目をやる。
「人? 死んでるの?」
暗いせいもあってか、男女の区別がつかない程に痩せて汚れた人間が二人見えた。一人は横たわり、もう一人は見窄らしい小屋の外壁に背をもたせて腰を下ろしている。
「彼らはまだ生きてる。死ぬ前に改心が認められなければのたれ死ぬ」
驚愕を隠せない。事実上の死罪と同じではないか。
「どれ程の罪を犯した人達なの?」
質問しながら譲は思わず目を逸らした。
「法を犯したという意味では咎人では無い」
「えっ」
「ボスが組織する革命軍の本懐は他所に知られてはならないことだ。だからイェスプーンではそのようには発信せず、生活に困窮した者を多く受け入れるようにしている。不満を持つ者が多いからだ。無論、全員が戦闘員に加わらなくても良い。同じ志を持ってさえいれば、ボスと我々は喜んで革命軍に迎え入れる」
ナガトは「だが」と話を区切る。
「誰でも出入り自由だが、なかには勘違いをして入ってくる者がいる」
そして哀れみと怒りが混同したような表情をした。
「あそこにいる彼らは、元々は中流階級以上の人間だろう。金と権力を手にしていた頃の態度が抜けず、いつまでも自分が偉いと勘違いしている奴らだ。そういうのはフェンスの向こうに入れられて見せしめになる」
すると二人が話しているところに男性市民がやって来た。
「やあ、ナガト。何してる?」
「こんにちはジェイデン。彼に街を案内してる」
ジェイデンだという男性市民は譲の顔を見て握手を求める。
「初めまして。君が譲だね」
「ええ、そうです」
譲は初対面の市民に名前と顔を知られていたことに目を見開く。
「新入りの君のことは街の皆が知ってる」
「そうなんですね・・・・・・」
何とも言えず唾を飲み込んだ。
この街に異様な空気感を感じるのは自分だけか——、譲は握手に応えながらイザークの忠告を思い浮かべる。
発言には気をつけろと言われた理由がまさに目の前のこれなのだと察した。
(気をつけなければ)
もしもうっかりヴィクトルを庇い立てするようなことがあれば、譲は即刻フェンスの向こうにぶち込まれるだろう。
イェスプーンで平和に暮らしたいのなら、革命軍の志と共にあらねばならない。
「ところでジェイデンは何しに来たの?」
「期限切れの奴が出る頃だから連れて来いってよ」
「手を貸そうか?」
「大丈夫だ。どうせ死にかけさ」
「はは、そうだな。違いないね」
二人の会話を聞き、動悸が激しくなる。
「ああっ、そうだった。ジェイデンんとこの知り合いに家具職人がいただろ」
ナガトがフェンスの中に入って行こうとするジェイデンを引き止めた。
「いるぜ。ヨシュアのことか?」
「そうそう。彼に頼みたいことがあるって伝えてくれないかな」
その瞬間、譲は「あ、やっぱり」と声を上げていた。
「どうした譲」
「えっと、やっぱり今のまま寝てみるよ。どうしても不便だったら、お願いするかも」
「でも今朝床に落下してただろう」
ナガトが眉を顰める。
「うん、けどほら、ジェイデンさん? 忙しそうだし。急いでないからさ」
譲は必死に言い訳を重ねた。
苦しんできた人々が手を取り合って生きているイェスプーンの街は素晴らしいところだ。
人望のあるボスに導かれ、未来の為に立ち上がろとする姿勢にも同調できる。
昨夜の飲み屋では、陽気で感じの良い人達ばかりだと感心もした。
だがフェンスの向こうを知った譲は街の人間とは関わりたくないという気持ちが強くなっていた。
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