70 / 102
第70話 地下の会合
夕方、ボスことアレグサンダー=ムーアから全市民に召集が掛けられた。
集会場所は市庁舎地下の広場だ。
譲はナガトと地下広場を訪れ、集まった市民の多さに度肝を抜かれた。一家でひとりの代表者が参加するよう御布令が出ていたが、会場には女も子供も老人もおり、暗く湿った地下が活気に満ちている。
「皆々様、お集まり頂き感謝する」
低く威厳のある声が響く。前方にちょっとしたステージが設けてあり、アレグサンダーが登壇していた。
会場内は熱気を帯びたが、一様に口は閉じられ静まりかえった。
隣りのナガトは神の声でも聴くかのように祈りを捧げて臨 んでいる。
譲は息をひそめてステージを見つめる。
「本日は最高の知らせを持ってくることができた!」
たったの一言でワアッと会場が沸いた。
「ありがとう。うん、そこのマダムもありがとう。うん、少年も。皆のお陰だ。ついに我々の計画を実行に移せる時が来た」
誰もが同じ眼差しでステージを見ている。我らがボスの声に耳を傾けて興奮を引き上げられていた。
ゾッとする。素晴らしいが、逃げ出したいという衝動が起きた。
だがそれはできない。譲は熱心なナガトの横で、彼の表情と姿勢を真似た。
あえて演説の間を作ったことで興奮の波が高められた頃、アレグサンダーが静かにと地下内を鎮めた。
「続きを話そうか。昨日一昨日と行われた中央政府議会にて、私が兼ねてよりお話していた提案を承諾して頂くことに成功した。これによって準備が佳境に入ったと言える」
アレグサンダーはステージ上から市民を見渡し、譲と目を合わせる。
譲はまるで見えない手で押さえつけられているかのように動けなくなる。
「ああいたね。本日は初参加の彼がいるので、一から説明をさせて貰いたいと思う。ご了承願おう。来たる日。ひと月後だ。べコックとロイシア両国に渡ってダビィ海峡大橋が建設中だが、橋の施工開始一周年を機してセレモニーが行われる。両国の主要人物が一堂に会し、視察及び、パーティが催される予定だ」
アレグサンダーが一呼吸を置く。譲は息ができないまま集中して聞き入っていた。
「我々はそこで視察にはぜひ、軍艦テティスをお使いになって下さいとご提案した。我が愛娘テティスは海を運航するだけならば問題なくやり遂げるだろう、是非ともかつての栄誉をもう一度お与え下さいと申し上げたのだ。そしてその願いは叶えられた」
譲の心臓の鼓動はついに耐えられない程になった。
ひと月後の着工一周年記念セレモニーが『祭り』?
それともそう呼んだ何かを起こそうとしている。
ヴィクトルにすぐに会えるとは・・・この日のことを言っていた。
革命軍とのたまうくらいだ、目的は想像ができてしまう。アレグサンダーはどんな手段を使うつもりなのか。
(・・・・・・公爵)
譲は唇を噛んだ。
「詳細は各班リーダーに追って伝える。各自、決行日に備えて欲しい。次に集合する時は、ことを成した後になるだろう。必ずや成功させ、玉座で乾杯のグラスをぶつけ合おうぞ」
異を唱えてくる者は既に処分した後だ・・・と、アレグサンダーは熱意を込めて語りかけ演説を終えた。
◇◆
就寝前の時間。ベッドに横たわり、譲は人はどれだけの期間眠らないで生きられるのだろうかと考えた。
完全な暗闇に身を晒さないでいれば悪夢に呑まれる危険もない。理屈としては単純だが、果たして。
だがベッドの上で夜を過ごしていると余計なことを考える。
うじうじと悩んでしまう自分が嫌で目と耳を塞ぐと、恐怖に襲われるという悪循環だ。
今朝までは、今日の夜も同じ症状に見舞われたとしたら、ナガトなりボスなりに助けを求めようと思っていたのに。望めば対処薬を処方して貰えるだろうが、イェスプーン市民の思想は過激で、彼らから与えられる薬を使いたくない。
できれば自分自身の力だけで何とかしたいものだ。
(公爵・・・助けてよ。・・・・・・助けに行かなきゃ、俺が行かなきゃなのに)
ずっと間近にヴィクトルに危機が迫っている。伝えに行きたい。譲は自己嫌悪に耐えられず毛布をかき抱いた。
朝になる。一睡もしないで翌日を迎えてしまった。
譲は寝不足のせいで義足の歩行練習で転倒をした。
体調が優れないので外出を控えていたが、ナガトにも本当のことが言えず、過度の神経摩耗がたたり、倒れた譲は指一本動かすのも億劫になる。
地下訓練場を使用していて良かった。人の目を気にせず、転んだままでいられる。
「大丈夫かぁ? ほい、起き上がるの手伝ってやるよ」
この声はナガトと、その後ろから機械技師が様子を見に来た。
ともだちにシェアしよう!