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第71話 ボスと二人きりの時間
「うーん・・・・・・」
起き上がりたくなくて、譲は瞼の上に腕を置き、そちらを見ないようにする。
「あーあ、はは、今日はもう訓練は止めだな」
ナガトが呆れた笑い声を上げ、「構わないよな?」と機械技師に訊ねている。
「ええ、そう致しましょう」
と機械技師が判断したのを聞き、譲は力を振り絞った。
本人抜きで中止の段取りを組まれるのが我慢ならなかった。
「やる、できる」
「無理すんなよ」
「無理してない」
今この場にいる彼らの思惑や決定通りに動かされてしまうことが気持ち悪い。
言えるわけもないが、彼らと同じ歯車にはなりたくなかった。
「ナガト、俺のことはいいから。付きっきりで大変だろ? 息抜きしてきていいぜ?」
「何言ってんだよ、俺は好きで付き合ってんだ」
ナガトがにっこりと笑って、譲のそばに腰を落ち着けてしまう。
頑なで困った。気にかけてくれているのはありがたいが、こちらが気にするのだ。
ヴィクトルの屋敷を飛び出してからナガトとはずっと一緒に行動している。寝る部屋は別々でも、壁一枚を挟んで隣り合っている。部屋を出入りする際のドアの開閉音は互いに聞こえているだろう。
「譲と俺はバディなんだよ。ボスから譲と二人で組んで助けてやってくれと頼まれてる」
ナガトは良い奴であるに違いないが、しかし。
譲は悩みが深くなり、「むぅ」と唸った。
「精が出ますね」
皆が地下に入ってきた声に振り返る。
「ボス、お疲れ様です」
声の主を確認すると、譲以外の二人が起立した。
アレグサンダーは悠然と応え、譲に笑みを浮かべる。
「譲、これから私の部屋で話をしよう」
「なら俺も」
ナガトが即座に行動を起こしたが、首を横に振ったボスを見て動きを静止した。
「譲ひとりでいい。ありがとうナガト。譲は私と一緒に来なさい」
「はい」
近いうちにこの時が訪れると思っていた。けれど腹を括るには今のコンディションは最悪だった。
ふらついた脚で立ち上がる譲の脇をアレグサンダーに支えられ、唐突に嫌悪感が湧き上がってしまう。
この人だからというわけではなく誰に対してもだが、一つひとつの仕草にヴィクトルとの相違点を見つけてしまうせいだろう。
せっかく覚悟を決めて離れたというのに、日が経つごとに、ヴィクトルの存在感が譲の中で強まっている。
いっそ具合が悪いのでと断りたい。・・・断りたいっ。
「義足を外していきたいので少し待っていて貰えますか?」
譲は本音を押し殺す。
「あっと、いけない忘れていた。ぜひそうしてくれ」
承諾を得て義足を外すと、片腕に松葉杖を、もう片側はアレグサンダーに付き添われながら、訓練室を移動した。
庁舎の市長室及びボス専用室は当然に無人だった。
二人きりの部屋。ローテーブルを挟む形で置かれているソファの片方に座らされる。
「さて、ようやくこの時間が取れて良かった」
アレグサンダーは微笑し目尻に皺を作った。
「すみません。あの俺・・・エルマーさんから聞きました。ボスには戦時中とても世話になったそうで」
譲は早口気味にそう伝えた。
「うん、当時は大変な状況だったね。痛ましいものを見てきた後では普通の精神状態じゃいられない。私はそんな兵士達をたくさん見てきて、譲のことも放っておけなかった」
「じゃあ、俺だけじゃなく多くの兵士を助けて来たんですか?」
「勿論、この手で救える範囲でだが、国境関係なく目の前の苦しんでいる人には手を差し伸べたいと思っている」
尊敬に値する志だ。彼の話を聞き、少しばかり見る目が変わった。
向かいのソファに腰掛けたアレクサンダーに人望があるのは彼の努力と活動の成果なのである。
「自慢できる話じゃないよ、人として当たり前の行動さ」
「そんなことは・・・救われた兵士にとっては英雄でしょう」
真っ当に考えるなら、助けられた兵士の多くがボスに賛同し、この人の下で尽くしたいと、喜んで革命軍に加入したいと願うだろう。その家族やこの話を聞いた市民も同じく思うだろう。
譲だって、ヴィクトルという人間がいることを知らないでいるままだったら、素直にそうなっていたに違いない。
(無条件でボスを信じて従えていたら楽だったかもしれない)
でもできないのだ。譲は俯き、拳を口に当てて歯を立てる。
それから言葉を選び、口を開いた。
「ボス、俺はボスに感謝していますが・・・俺はもう戦えない。脚を失い、戦力になりません。義足も使いこなすのには時間がかかる」
「うん? どうしたいと?」
「俺は両親の祖国に帰りたいんです。イェスプーンを出ることを許して下さい」
発言の裏にはもう一個の本心を隠した。
一刻も早く革命軍が犯そうとしている計画をヴィクトルに伝えに行きたい。
他の王侯貴族達がどうなっても構わないが、ヴィクトルだけは別だ。彼にだけは生きて逃げのびて欲しい。
「ふぅむ、そうか残念だ」
アレグサンダーが溜息を吐く。
「譲は非常に重要な部分で戦力になり得るのだが」
「お役に立てず申し訳ありません」
しかし頭を下げた瞬間、譲は背中をなぞられた。
気づけば音も気配もさせずにアレグサンダーが横の席に移動している。
肩甲骨を撫でてくる指先に寒気がした。
「ひっ」
「だから言っているだろう。譲は欠けてはならない駒なのだよ」
下がってきた手が、ぐにゅと臀部を捉える。
「ボス・・・・・・?」
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