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第92話 挑発
「前々から頭がおかしいのではと思っていたが、貴様も我々の敵だったのだな?!」
ヴィクトルは嘲笑し、紳士の発言を一蹴する。
「敵だなんて滅相もない。最初から同じ立場にいないでしょう」
「生意気な若造が・・・っ、おいっ、おいっ、警備兵はどうした? 近衛兵は何処だ!」
紳士は同等階級の貴族仲間と周囲を見回し始めた。
だが一瞬で蒼白になった。
ステージ上とその前後左右を護っていた兵達は、偉そうに踏ん反りかえっていた要人達に刃を当て、拳銃を所持している兵は銃口を向けている。
「兵は何をしている。我々を守れ!!」
「残念ですが彼等は見ての通りだ。セレモニーが計画された時から私の手駒に加えてある」
譲はナガトにも劣らない凄腕の兵達を見る。ロイシアの近衛兵は伝統的な剣武道の鍛錬を怠らない。べコックの警備兵は戦士として経験豊富だ。
会場の人間を始末し終えるのに時間は数刻と掛からないと予想する。
だが裏で取り決められた国を立ち行かせる為に残さねばならない者達は、安全な地にて匿われ、革命の顛末に思い馳せているのだろうか。
「やれ」
ヴィクトルが合図を送ると、兵達が舞台を降り、艦に向かった。慌てふためく上層階級の民。乱闘の声が譲の両耳に響いて、絶望以外のなにものでもない情景に変わっていく。
「貴殿らの言う下々の民に殺されていないだけ光栄に思え」
冷たい声で、よくも平気で言える。
譲の理解の及ばない遠くの場所に、ヴィクトルは独りで立っていた。
連れ戻さなきゃ。手を伸ばして、掴まってこっちに。譲は声に出して言えないことを心で叫ぶ。
その時、ヴィクトルが耳元で囁く。
「あっちは任せて大丈夫だろう。さて、譲の出番だ」
大きく、心臓が跳ねた。
「やるんだ。拳銃は持って来ているよね」
動けないでいると懐に手を入れられ、拳銃を抜き取られる。それを手に掴まされ、ゆっくりと銃口がヴィクトルの額に移動した。
「ここなら一発だ。心臓を撃ち抜くより難しくない」
譲は悲鳴も出せずに激しく首を横に振った。
「今この場で私を殺らなければ譲は革命軍に加担した咎で国家に追われる」
「・・・ぃ、いいよ、・・・それでいいからっ」
「わかっておくれ、私の可愛い小さなウサギ。私は生きてロイシアに帰れない。この先は譲を守ってやれない」
「嫌だ。じゃあ一緒に逃げようよ。この島で暮らしたっていい。俺は何処でも生きられる」
するとヴィクトルが譲の頬を殴りつけた。
カランと拳銃がヴィクトルの足元に転がる。
ヴィクトルは拾い上げて自身の額に添えた。
「やめろっ!!」
咄嗟に手を伸ばした。意外だったのは、ヴィクトルの表情が強張っていたこと。それから歪む、最後には大声で笑い出した。
「はっ、ははは」
譲はヴィクトルに体当たりする。馬乗りになり、耳障りな笑い声を塞ぎたい一心で銃口を口に突き入れた。
「ウアアアアアアアっ!!!」
「あぐ、かはっ、ははははっ」
「黙ってくれよ・・・もうやだよ・・・・・・」
しかしその瞬間、譲はヴィクトルを庇って覆い被さった。
戦争で体得した勘だ。譲が動いたとほぼ同時に微かだったがライフルの発射される音が間違いなくした。背筋が粟立ち、冷や汗が止まらなくなる。
だが弾丸はヴィクトルがいた場所の横をすり抜けた。
倒れた身体を起こし、弾丸の行方を追ってみると、舞台袖でキリルが倒れていた。
「えっ、殿下?」
頭が向こう側にある姿勢でうつ伏せでいるということは、逃げ出そうとしていた?
弾道は明らかにキリル殿下を狙ったものだった。
「ナガトだ」
外したのではないだろう、譲のターゲットを勘違いしていたのだ。偶然にも命拾いをした。
「おい、何があった。これはどういうことだ」
「・・・・・・っ!」
ナガトがライフルを構えながら駆け寄ってくる。再び急いでヴィクトルに覆い被さったが、幸いに倒れた衝撃で気絶している。
ナガトは死んだように見えたヴィクトルには関心を寄せなかった。
「状況がよく把握できていないんだが、譲の任務は完遂でいいよな。ならばひとまずテティスに戻るぞ。最後の仕上げがある」
「あっ、でも、キャプテ・・・ボスが、あっちで」
譲が俯いて指差した方向を見て、ナガトが声を落とす。
「死んだのか」
「ああ、多分。革命軍の動きは気づかれていた。もうお終いだよ。俺はもう降りる、ここに残りたい」
何故なら気絶したヴィクトルを置いては艦に乗れない。
だがナガトが即座に否定した。
「何言ってる、できないな」
「どうしてだ。ボスを失って革命軍は実質解体されたんだ。もう好きにしたっていいじゃないか」
「そうもいかない。ボスが死んでしまったせいでな」
「は?」
譲は眉を顰めた。ナガトが首にかけたコインのチョーカーを譲に見せる。
「お前の脚と、俺のこれは連動している。そこで死んでる馬鹿が作った裏切り防止の仕組みだ。俺らはバディを組まされた相手と一連托生、任務の間はどちらかが裏切ると爆発する。具体的に言えば、一定の時間一定の距離から離れると起爆スイッチが入るらしい。俺と譲はセレモニー会場に共に留まるか、共にテティスに乗るかしかない」
「義足を外せば・・・・・・」
「やめておけ、無理に外すと爆発するかもしれない。今朝の朝礼でボスに触られなかったか?」
「触られた」
「なら細工されている可能性がある。行こう譲、俺にはテティスの中にやり残したことがあるんだ」
頼むと唯一の友に頭を下げられ、譲は二の足を踏んだ。
仕方がないのか。ヴィクトルを孤島に置いて行かなくてはいけないのか。
「ナガト・・・・・・」
譲は奥歯を噛み締めた。
その時だった。
「なるほど」
ヴィクトルが後頭部をさすりながら起き上がった。
「君の首につけているコイン、それは旧体制のべコックに滅ぼされた国のものだね。君だけはずっと素性が掴めずに不気味だったんだよ。しかし今の話を聞いて納得だ。ナガト=ケリーは亡国の復讐者で、狙いは未だ存続されているべコック王家の人間」
ナガトがヴィクトルを鋭い形相で睨み、ライフル小銃を構える。
ヴィクトルは顔色を変えず、交渉を続けた。
「事態が変わった。ここで私を殺すことはお勧めしないね。目的を果たしたいのなら私を軍艦の中に連れて行きなさい。国王並びに王妃は君では入れない部屋にいる。私のことは目的が達成された後にでも好きに処分すればいい」
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